第22話 王都

 ――という事で王都についた。


 目的らしい目的の無い旅ならともかく、やるべき事は決まっているんだ。

 行動はできるだけ早い方が良いからな。


 村から王都までは4日ほどの行程……だったがミュリエルがいたんで5日。

 水や食料は途中の町で補給できたんで、ひとまず問題はない。

 水の無い地域は北にある王都方面には15kmほど広がっていて、綺麗な円形を描いている訳ではないらしい。

 広いと言えば広いが、国全体として見ればそこまででもない。


 村長からは村の代表としてではなく、無関係な旅人が義憤からの陳情という形でならという条件で許可をもらってきた。

 実際そのまんまだし。


「あまり私をアテにされても困るんだが……」

「偉い人に話を通そうとしたって事実を残したいだけだよ。村からじゃなく旅人からじゃ期待はできないし、資料については自分で調べるのを視野に入れてる。当面の食料や種苗もコレでなんとかするって」

「山中で育ったと言っていたが文字を……いや、資料をあたって研究ができるのか?」

「晴れたら狩りと農業、雨が降ったら家で読書や勉強って生活だったからね」


 王都の城門へ入るための審査待ちで行列に並び、背負った雑嚢をポンポン叩きながらジローさんと話す。

 この中には村を出た直後に用意してきた物が入ってる。

 ……と、隣で俺と指――手が小さすぎて握れないので――を繋いでいたミュリエルが背伸びをしながら上を指差してはしゃぎだした。

 ちなみにいつまでも裸ではない。

 村長から村の人に頼んでもらい、子供のいる家庭から古着を売ってもらって道中でミアがミュリエルに合わせた物を着ている。

 ミア的には元が元だから服が可愛くない! とご不満なようだ。


「おとうさまみて! すごい、おおきい!」


 ミュリエルが指差す先は王都を囲む城壁の門だ。

 デカい! ゴツい! というだけじゃなく、精緻な装飾が施されている。

 ここまで通ってきた町は人口が1000人に満たない物だし、ミュリエルが見てきた物の中では最も立派で見事な物……だと思う。


「ミノー王都は帝国時代から続く歴史ある街だ、あの門も文化遺産や芸術的な価値があるらしい」

「う~ん……ミアの好みとはちょっと違うな~」

「ボクも宝石とか金貨に含まれる金の含有率とかなら分かるッスけど、ああいうのはさっぱりッス」

「おとうさまは?」

「俺も芸術とかはよく分からないからなあ……」


 なにせ18年間ほとんど山の中で家族とだけ暮らしてたし。

 そういった物を見る機会が無かったから、自分の審美眼ってのが信用できない。

 皆で城門を見上げてる間に行列は進み、俺たちの順番が近づいてきた。

 城門をくぐるには少しばかり狭い場所を通る。

 それを見越したんだろう、ミュリエルがこちらを見上げて両手を掲げてきた。

 その両脇に手を差し入れて抱き上げる、手はちょっと塞がるが俺たちにはジローさんがいるしな。

 予想通り特に問題もなく入場手続きは済む――が。


「彼ら、王都は初めてですか? 例の警告を忘れずお願いしますよ?」

「承知している、それでは行かせてもらうぞ」


 ジローさんが門番の人と何かやりとりをしている。

 警告? さすが王都、何か特別な法律でもあるのか。


「で、警告って?」

「あぁ……何というか、詳しい事情については私の口からは説明しにくいのだが、要点はハーフエルフを見ても何もするな――これだけだ」

「……ハーフエルフ? いや、まあ……する理由もないけど」

「いいか忠告ではない、警告だ。ハーフエルフを見ても手を出すな、口もだ。街の衛兵だけではない、住民が見ているぞ」

「あ~アレ? 人間とエルフの混ざり物だからって、どっちからもイジメられてる子達だよね?」


 大体そんな感じの種族だ。

 俺の実家があったバキラ王国じゃ正体がバレた時点で命が危ない。

 他でも同じだと思ってたんだけどな?


「ミノーじゃハーフエルフは差別されないのか? それも法で定められてる?」

「いや基本的にこの王都だけのルールだと思っていい。その事情というのが……私の立場からは説明しにくい理由だ、表立って口にはできん」


 よく分からないとしか言いようがないが、特に問題はないだろう。

 やけに心配そうなのでタロとミアにも約束させる。

 ミュリエルには……後で説明しよう。 


「さて……陳情の口利きと帰参の報告が終われば私は忙しくなる。ここでお別れだな」

「そっか……それじゃあ一緒に食事でもして行かないか?」

「いいね~最近保存食が続いたし、ちゃんとしたとこで食べようよ!」

「ボクもいいッスか?」

「当たり前だろ、店は……あそこなんかどうだろ?」

「悪くないな、味も評判が良いし値段も手頃だ。何より料金を払えるならゴブ……コボルトでも客扱いすると店主が公言していたはずだ」


 何か言いかけた気はするが、問題はなさそうなので店に入る。

 大通り沿いの人気の店らしいが、時間が食事時を外しているせいか簡単に席につけた。

 木の板に書かれたメニューを見ると、魚料理まで載ってて中々に贅沢ができそうだ。


「俺は魚かな、ミュリエルは何が食べたい?」

「わかんない……おにく?」


 緑色の液体に漬けられて筒の中に居たミュリエルだが、基本的に体は人間そのものだ。

 緑の液体の影響か、出した直後は空腹や乾きを訴える事が無かったが、今は普通にそれらがあるらしい。

 もちろん訴えがなくてもちゃんと与えてはいた。

 ……んだが、ミュリエルがここまで食べてきたのは保存食。

 干し肉や固いパンばかりだ、魚と言われても全くイメージできないだろう。

 これは失敗だったな。


「ボクも肉ッス! 肉がいいッス!」

「では私は魚を」

「む~決める前に私にも聞いてほしかったな~魚美味しそうだけど~」

「わたしのをミアにもあげるよ?」

「ミュリエルは良い子だね! でもたくさん食べて良いんだよ」


 ミアの食事は俺の分から、これは完全に根付いてしまった。

 席についている客が少ない事もあってか、注文した食事はすぐに届く。

 川魚の煮込み料理、それに牛肉を焼いてソースをかけた物、十日分の食費くらいの値段だが久しぶりのまともな食事だし良いだろう。

 それぞれの前に料理が並べられ、ミュリエルにも教えた食事前の祈りを済ませる。

 そして最初の一切れ――を口にする前に。


「じゃあこれはミュリエルの分だ」

「……おとうさま、いいの?」


 俺とジローさんの前に置かれた魚料理を、ミュリエルが興味深そうに見ていたからな。

 食べられそうな量を先に切り分け、ミュリエルの皿に乗せてやる。

 少し戸惑っていた様子だが、何か思いついたらしく慣れないナイフとフォークでギコギコと一生懸命に自分の前の肉を鋸挽きにしはじめた。


「ユーマユーマ、切って~」

「おう、ちょっと待ってろよ」

「じゃあこれが、おとうさまのぶんね」


 どうにか肉を切り終えたミュリエルがやりきった笑顔と共に、俺の皿に肉を乗せてくる。

 その表情に自分の口元がにやけているのが分かる。

 可愛いなこの子は!

 俺の様子に気がついているジローさんとタロまで表情をやわらげ、和やかに別れの食事会は進んでいった。


「あ”ぢゃあ”ぁぁぁぁぁぁ⁉」


 娘に見とれて余所見をした俺に、熱々の魚を顔面に押し付けられた妖精以外は。

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