第21話 勝手にでもやる!

――翌朝


「ここに来る前に土の魔法を使ってみた。ソフィアさんなら原因が精霊の異常だって事は察しが付いてるんでしょう?」

「それはマダーニの移転前に分かっていた事よ、私の産まれる前からね」


 村長と共に俺たちを見送ってくれるつもりだったのか、村長宅にはソフィアさんも来ていた。

 俺にとっては都合が良い。

 大切な話があるからとジローさんたちにミュリエルを預けて来た俺は、2人を前に説得を始めている。

 昨夜の決意を口にし、村長に半笑いで不可能だと否定されソフィアさんもそれに同調したが、それも想定内だ。

 移転前、元々のマダーニの住人だったという村長に視線を送る。


「鉄の鍋や土器には水を貯める事ができるのはすぐに分かった。だが水を貯めていると、異常に劣化が早い事が分かるのもそう時間はかからなかったよ」

「俺たちが渡した水袋は?」

「加工されている事が重要らしいのよ、人工物は精霊の影響を受けにくいからでしょうね。今日中に村を出るなら影響は少ないはずよ」


 事の発端は30年前だ、当然水が消える現象の原因究明は行われていた。

 村長を含めたマダーニの住民は、街を維持する為に必死で対処を試みたらしい。

 その努力はある程度の成果を得られ、いくつかの対処法も考案されている。

 そして俺よりずっと賢い専門家って人達が、時間と予算をかけ結論を出した訳だ。

 お手上げだ、と。

 

「水を蓄える器を次々と交換する、交代制で魔法を使い水を作り出す、水道を引く……他にも対処法は出たが、とにかくコストがかかり過ぎる。長い目で見れば移転以外の選択肢は無かった」


 自分達の故郷だ、通りすがりの俺よりも余程真剣に問題に当たっただろう事は簡単に想像がつく。

 世の中の人達は賢くて物をよく知ってるぞ、というのは父さんが何度か言っていた事だ。

 「マヨネーズも、リバーシもな……本当によく知ってるんだ……」と、何故か少し悲しそうに話していたっけ。

 でもここまでに聞いた情報と自分で確認した内容からすれば、この現象は父さんになら解決策があっただろう――そして、俺にもだ。


 世界は二柱の神が創り、神は世界の維持を自我の無い精霊に命じた。

 以来、精霊はこの世界の自然を操っている。

 魔法も魔力を介して精霊を使役する技術、だから精霊に異常があればすぐに分かる。

 でもその原因までは分からないし、相手が世界を支えている理では対症療法しか手がなかった。

 そして当時考案された物はコストの問題で却下――そう、問題はコストだ。

 普通の人では出来ない事を普通にやれる奴がいればいい。


「大体分かった。俺たちの移住を認めてくれ、いくつか思いついた手段がある」 

「村の財政は元々あった市壁――移転時に残された、その石材の残りや鉄くずを売る事で補っていたがそれも底を尽く。食料の生産が追いつかず、追加での購入も出来ないとなれば、余剰の人間は受け入れられない」


 はは~ん? この村長、俺の言葉を全く信用してないな? 当然だが。

 それはそれとしても、俺が劇的に状況を変えられそうなのは水の確保についてだけだ。

 食料の確保や財政状況となると、また別問題だな。


「農業を改革してみては? 早く起きて村の農地を見てきたけど、水のある地域と産物が変わらない。変化した気候にあった物を作るべきだろう」

「そんな当たり前の事は誰でも思いつく。だが土地に合う作物の資料が無いし、あったとしても種や苗を買う資金がない。試している余裕もない、失敗してその年の収穫がなければ我々は冬には餓死だ」


 水を確保したとしても、乾燥した土地での農作になるのはおそらく変わらない。

 栽培する品種や作業工程も変えなければいけないだろう。

 これは俺1人の頭で解決できる事じゃないな。 


「ならそういった事を調べられる相手――領主に陳情するのが筋じゃないか?」

「この村は王家直轄――領主がいない以上そうなるはずだ。存在しないも同然の村、という事だな」

「なるほど、じゃあ俺が王都に行きましょう。村の人間は生活で手一杯でしょう?」


 領主への陳情は領民の権利だ、これは相手が王様であっても変わらない。

 が、あっさりと言った俺を村長とソフィアさんは呆れた様子で見ている。

 なんか俺、困ったヤツ扱いされてるな?


「えぇっと……ユーマさん? これはこの村の問題よ、あなたがそこまでする必要はないわ」

「必要はあるんですよ、俺なりに。それに、あなたをこのままにしておけない」


 困惑した様子で声をかけてきたソフィアさんが、俺の言葉に身を固くする。


「また求婚の話かしら、それなら拒否します。あなたはこの問題と無関係よ」

「ソフィアさんもこの村に来たのは2年前でしょう? 移住したっていいのでは?」

「おい貴様! 余計な事を――」

「私は出ていきませんよ、村長。ユーマさん、この村には私にしか出来ない事が多くあるのよ、村の皆さんを見捨てるような真似は出来ないわ」


 これまで口にしなかったが、最も簡単な解決策がある。

 それをしないのだから、相応の理由がある事は想像できた。

 かつてのマダーニの様に村全体での移住だ、規模で言えばはるかに楽だろう。

 何もこんな住みにくい場所にこだわる必要は無い――普通なら。

 他の場所に住めば良いと、余所者の俺は簡単にそう言えるがそうもいかない事情もそれぞれにあるって事だ。


「村長は元々のマダーニの住人よ。でもそれ以外は皆移住者、それも故郷にいられなくなった人たち……この村は追放者の村なのよ」


 追放者の村。

 この村は、まともな場所への入植が許されない人達の集団だったんだ。

 死んだ土地を利用できるならそれで良し。

 ダメで元々、住人も不要な人間なので――何があっても問題はない。

 国としてはそんな判断らしい。

 だが、後から流れてきたソフィアさんは違うはずだ。


「まずはこの村の状況を変えてみせます、止めても勝手にやりますよ」

「だから求婚には応じられないと……」


 堂々巡りになりそうなソフィアさんの言葉を制する。

 それとこれとは話が別だ。


「俺はあなたの現状に我慢がならない。俺は俺の事情で村とあなたに手を貸すんです。求婚の話はあなたが心身ともに健康になるまで口にしないと約束しますよ」

「そこまで酷い様子に見えるのかしら? 一体そのやる気はどこからくるの……」


 初めて会ってから何度目かのソフィアさんのため息だが、そんなの決まってる。


「あなたの笑った顔が見たいからですよ」

 

 昨日からまだ一回も見せてもらって無いからな。

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