第20話 俺に任せろ!

 ミュリエルを寝かしつけ、ジローさんの後を追って村長の家へ向かう。


「ユーマくん? どうした、何かあったのか」

「いや、こっちの事情で俺も村長さんに話したい事ができたんだ」

「カステル様のお連れの方ですな……」


 村長は50代くらいだろうか、蓄えたヒゲや顔の皺には威厳を感じるべきなのかもしれない。

 でもくたびれた服装といい表情といい、疲れ切っているというのが初対面の印象だ。


「話したいこと?」

「そうそう。それでですね、ソフィアさんと結婚してこの村で暮らしたいんですが」

「ソフィアとだと? 何が出来るかによるな……人数は?」

「タロと……ミアは数に含めるか? 後はミュリエル。コボルトに妖精に幼児です」

「却下だ、この村には働けない者を養う余裕がない。今の村民は54人、子供ですら何らかの役割を持っている」

「いや待ってくれ2人とも! 当然の様に話を進めないでくれ、大体彼女の了解は得たのか?」

「得られなかったから、こうして周りから攻めていこうかと。それはともかく――」


 割って入ろうとするジローさんを押しのける、大事な話だからな。


「人数は4人、うち二人は魔法が使える。俺と妖精、魔道具の作成と土を扱う系統、それに治療系統の魔法だ」

「治療魔法……魅力的だがその人数は厳しいな」


 少し興味を示した村長だったが、やはり答えは変わらない。


「水の問題は聞いたけど養うというと、食料が問題なんですか? 俺はともかく妖精は大した量じゃないしコボルトは子供並、1人に至っては幼児ですよ」

「この村の食料は近くの森からの採集と周囲の狩猟で成り立っている……それと僅かながらの農業とな。それ以外に従事する者は薪割りや木材、石材を運ぶ労働者や鍛冶、家畜の世話などでその日の食料を生産出来る仕事ではない。魔道具の作成で村に貢献するというなら時間がかかるはずだ、結果を出すまでの間食わせる物がこの村には無い」


 食料を生産出来る人員が増えない以上、消費する人数だけを増やせないか。

 それに俺たち、いや俺が増えれば水や食料だけじゃなく薪と……村の男の視線を思い出す。

 女も足りなくなる……か?

 厳しい生活をしているなら、住民同士の軋轢は致命的な結果に繋がりかねない。

 村長の判断には、そういう事情もあるかもしれないな。


「一晩くらいなら空いている小屋を使わせても問題は無いが、移住者を受け入れるとなれば話は別だ。それと、ソフィアについては諦めてもらおう、彼女には他の者に出来ない仕事をさせている」

「……水の補給に井戸を使わせて貰っても?」


 ソフィアさんには他の人に出来ない仕事がある、そりゃそうだろうな。

 俺も彼女にしか出来ない事を頼みたい事情があるんだし。

 断られるのも想定内だったが、水についてはミュリエルの為に結構な量を消費してるからなあ、補充ができないと厳しい。

 俺にとって、この村に住むのが選択肢としては一番だと思える。

 ミュリエルが急に体調を崩した、何てことがあった時にソフィアさんが近くにいてくれると心強いからだ。

 しかし認めてもらえないとなると、次善の策としては近い場所……マダーニだな、その辺りに住むのが現実的だろう。

 そうすると問題なのは今日、明日の水の確保……なんだが。

 思いっきり渋い顔をされてしまった、まあこれは仕方ないか。


「村長、私からも頼む。後になるが必ず礼はしよう」

「分かりました、必要な量を水袋に分けますので預けてもらえますか」


 移住は断られたが、村長と顔を合わせておくという目的は果たせた。

 とりあえず今はこれで良しとしよう。


**********


 ――夜、借りた小屋で毛布に包まっていると人の気配で目が覚めた。

 身を起こそうとしてギョッとする。

 同じ毛布に小さな女の子がいた――ミュリエルか……。

 寝る時に当然の様に一緒に毛布に入ったからな、今日会ったばかりなのに自分でも不思議に思う。

 自分の感情に戸惑いは覚える物の、こんな小さい子が不幸にならないように努力しようと思うのは間違いじゃないだろう。


 ミュリエルを毛布に包んでそっと横たえ、小屋の扉を小さく開けて外の様子をうかがう。

 この小屋は村長の物なのでその家の近くにある。

 夜中に出歩く不審な人間を警戒したが、普通に村長に用があるだけかもしれない。

 杖の先に魔法の明かりを灯し、周りを気にしながら村長の家に入っていったのは――ソフィアさんだった。

 少し顔を出して外を見回し、家の扉を閉めたのは村長か?

 ソフィアさんにしか出来ない仕事、か。


 静かに小屋の扉から出て、村長の家へ忍び寄る。

 狩りで忍び足の経験はある、必要なさそうな気もするけど気分的な物だ。

 挨拶に来た時に見た、板を持ち上げるタイプの窓に近寄り耳を澄ますと、聞こえてきたのは話し声と――水音だ。

 そんな気はしてたんだ……。


「ダニエルの奴め欲張りおって……」

「新しく家畜が産まれたと言ってましたよ、本当に必要なんでしょう」

「明日は各家庭分に加えてあの旅人の分だ。あとは農地での散水だが――」

「クレマンさんとデジレさんの畑を重点的にした方が良いかもしれませんね、他の畑よりも比較的育ちが良いように思えますから」


 これが水のない村で生きていける理由か。

 全部ソフィアさんの魔法頼みだ。

 コソコソと人目を忍んで水を作り出しているのも、彼女1人に村の全てがかかっているからだろう。

 魔法を使えば疲労する、当たり前の事だが例外もある。

 熟練した魔法使いは動作や詠唱の省略だけじゃなく、その消耗も抑制できる。

 水を作り出す魔法は当然需要が高い。

 大都市には周囲の魔力だけを使用して、自分の消耗なしに水を作り出す魔法使いが1人は確保されてるって話だ。

 貴重な人材、引き抜きの話も日常的な物だろう。

 ソフィアさんにそれが出来るとなれば、村長の立場なら隠したくもなるな。


 ゆっくりと窓から離れる、怒りに足音が立たないように。

 ……あれはダメだ、すぐにでも止めさせないと。

 大都市に常駐する魔法使い、それは非常事態に備えての物だ。

 日照りでの干ばつや井戸や水源に異常があった時、そんな時に要請を受けて水を作り出す。

 決して日常的に水を作ったりなんかしない。


 魔法は精神を集中して使う物、魔力を操る際に体力を消耗するしないに関わらず、これは絶対条件だ。

 消耗なしに水を作り出すには少量ずつ作る必要がある、そしてその分だけ魔法を使う回数、精神集中も増える。

 この村の人口は50人程度と言っていた。

 俺が旅に用意した水袋、その小さい方の容量が4L――2日分だ。

 1人1日2L、それに加えて家畜の分と生活用水に農業用水?

 それでも数日間の供給なら何とかなるだろう。

 だが彼女はこの村に2年住んでると言っていた。


 俺と村長のやりとりを考えれば、彼女は自分の役割としてこの仕事を初日から行っていたのは間違いないはず。

 水は貯められないと言っていた、おそらく2年間休みは無い。

 そもそも魔法での水の供給が可能なら、ここにあったマダーニの街は移転なんかしていないだろう。

 おまけに森の遺跡を見回るのも日課とか言ってたな。

 ……寝坊したとも言ってた、それにあの化粧も疲労を隠す為じゃないのか?

 限界が近いのかもしれない、この村に残る理由がもう一つ増えた。

 明日の朝、もう一度村長にこう提案しよう。


「俺がこの村に留まって状況を改善してみせる、ソフィアさんを休ませろ!」

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