第18話 ソフィアと村へ

「私はソフィアよ。この近くにある村に2年ほど前から住まわせてもらっているわ」

「ソフィアさん、あなたにお似合いの美しい名前ですね。俺はユーマです、ユーマ・ショート。結婚というのは早かったですか? では前提にしてお付き合いを」


 そんな自己紹介を終え、求婚を拒否されたので要求を下げてみた。

 「いい加減にしたまえ!」と肩を掴まれて渋々引き下がったが、初恋なんだぞ? これが一目惚れというやつだ、間違いない。

 俺が今まで視界に入れてきた数十人くらいの若い女性相手には、こんな気持ちは持たなかった。 

 でもまあ、確かに今は他にやるべき事がある――という事で。

 なんだかひどく疲れた様子のソフィアさんに、村が近いならミュリエルの様子を確認したいからと、案内を頼んで移動中である。


 遺跡のあった場所からしばらく歩いて森を抜けると、広がった視界には荒涼とした大地が地平線まで続いていた。

 遠景には向かい側の山脈が見えているが、緑のひとつも見えないこの状況。

 振り返ると、ラインを引いた様に森が途切れている事から考えて、自然な現象では無いんじゃないか?

 

「あの上に私が住んでいる村があるわ」

「あの台地は……たしかマダーニの街が移転する前の場所では?」

「そう聞いているわ。でも事情があって……今の住民は1人を除いて、全て他所からの移住者よ」


 ソフィアさんが指差したのはかなりの大きさの台地だ。

 周囲を切り立った崖に囲まれ、その台地の上までは高い所で200~300mくらいだろうか?

 地形上、城門都市サイトほどの拡張性は無いだろうが、その堅牢さでは匹敵しそうだ。

 元々この国有数の都市、それも国境間際だった事から考えれば要塞都市ってヤツだったのかもしれない。

 でも台地の周囲の枯れ果てた景色を見れば、どれほど守るに適した場所でも捨てざるを得ない事は見て取れる。


「村って事はそれなりに人が住んでるんですか? この状況で。」

「えぇまあ……どうにかね。」


 ソフィアさんは言葉を濁してるが、水の確保はどうしてるんだ?

 森からあの台地までは10kmってとこか、森に井戸を作れば少人数なら……。

 いや飲水や生活用水だけじゃないな、食うためには農業が必要だろう。

 1日に運ぶ水の量は何Lだ、10kmを往復する回数を考えれば現実的じゃない。


「ユーマ何ボーッとしてるの?」

「置いてっちゃうッスよ、ごすじん!」

「っと、ごめんごめん。ちょっと将来の事を考えてた」

「それは自由だと思うけれど……私と無関係なら」


 そんな訳ないじゃないですか。

 でもまあ、今は腕に抱いたミュリエルだ。

 キョロキョロと周りの景色を観察する視線を見れば、好奇心は旺盛らしい。

 口数が少ないのは警戒からか、元々の性格か……あまり考えたくはないが、緑の筒から出した事で体調に変化があるのか。

 やっぱり早めに落ち着いて様子を見た方が良いだろう。

 

 遠目に見える台地を目指して歩き続けると、それが徐々に視界を占領していく。

 やっぱりかなり大きいな、有数の都市ってのを支えられるだけはある。

 それなりに急な坂道がジグザグに付けられていて、台地の上へと登れる様になっているみたいだ。


「上に行けるのはあの道だけですか?」

「いえ、裏側は斜面になっている場所もあるわ。登り易いとは言えないけれどね」


 付けられた道を登り、台地へ上がるとのどかな村の光景が――広がってる訳もないな。

 登ってきた坂道の近くには積まれた石が崩れたような跡、これはかつての城壁の名残か。

 地面にまばらに落ちている割れた石は、石畳だった物がその大部分を無くしたって感じだな。

 所々にそういった栄えた都市が存在したという証があり、さらにこの場所の印象を悪い物にさせている。

 ――滅びた街、他に出てくる言葉がない。


「村はもう少し向こうよ、私の家はその外れね」


 場所の雰囲気のせいか、タロやミアですら言葉数が少ない。

 ソフィアさんに案内され、歩いていく先に並んでいる住居は……人様の家をあまりこう言いたくは無いが、ほったて小屋というのが一番印象に近い。

 でも数からして意外に人がいる気がする、30……いや50? 100はいないだろうけど。

 観察しながら村の中央部を避け、外れにあるというソフィアさんの家を目指す。

 その途中、村人だろう同年代の男に視線を向けられたが、かなり敵対的な物を感じた。

 余所者への警戒心……か、ちょっと違う物が含まれている気もするな。


 他の村人も歩いている、その視線からミュリエルを隠すように抱き直す。

 外へ出て、すぐに悪意に触れさせるなんてのはあんまりだしな。

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