第17話 ……美人だったので
俺たちに声をかけてきたのは、杖を持った若い女性だった。
青いローブをまとい、不審者と見なした俺たちにフォークの様に先端が複数に分かれた長めの杖を向けている。
その格好からすると、おそらく魔法使いだろう。
前開きのローブの内側に見える白い服はゆったりとした作りだが、それを押し上げる膨らみがとても大きい事が分かる。
ふわふわとウェーブした長い金髪の下にある紅い瞳に力を込め、俺の腕の中にいるミュリエルを見ている。
好みから言うと少し化粧が厚い気がするが美人だ。
俺より少し年上……いや、どうだろう化粧のせいだとすると同じか、もっと……。
「その子は何? どうするつもりかしら」
指摘されて腕の中に視線を向けると、毛布でグルグルと巻かれたミュリエルは身動きが取りにくいだろう姿だ。
子供を拉致するとしたらこんな状態にするだろうか。
なるほど、これは不審者だな。
「俺たちは城門都市から来た旅人だよ、この子はちょっと……ここに来る直前に傭兵団と揉めて森へ逃げ込んだら出会ったんだ。同じ様に逃げた旅人からはぐれたのかもしれない」
「私はこの国の騎士見習いだ。証は無いし……こんな格好だが信じて欲しい。逃げた先で、たまたま見つけた遺跡を調査したいと彼が言い出してね」
ボロボロだもんな……今。
あとジローさんにしては悪くない言い訳だ。
女性に見つめられたミュリエルも、俺の腕の中で頷いてくれている。
「遺跡? ここは帝国時代の勇者が決して触れるなと言い残した物よ。帝国分裂以来400年に渡って何をしても開かなかったとも記録されているわ」
「いやでもホラ」
ミュリエルを抱えたまま、背後の遺跡の壁に手を触れると、当然の様に入り口が開く。
この遺跡は妙にこう……馴染むんだよな。
反応が良いというか、他の魔道具に比べてずっと扱いやすい。
まるで俺の能力専用に調整されてるみたいだ。
あっさりと口を開けた遺跡を見て、女性は俺たちに杖を向けたまま明らかに動揺を見せている。
「そんな……どうして」
「さあ? 俺たちは今日初めてここへ来たくらいだし。それより帝国の勇者が絶対触れるなって言い残したのに、開けようとしたんだ?」
「今の情勢ですもの、人間の勢力を挽回する知識や技術を求めて調査が行われたらしいわ」
「存在は国も把握していたんだな、私が報告する必要は無いか……?」
「ねぇねぇ? そんな事よりこの子が心配だから落ち着ける場所が欲しいんだけど、近くに良いところ無い?」
「あら妖精? 珍しい。でも、そうね……」
「水も欲しいッス! 使っちゃったんで補充できないッスか?」
ミアの言葉には悩みながらも、肯定的な表情を見せていたが、タロの発言でその表情がわずかに曇りをみせる。
水? 何かあるのか。
「あぁそうか、君たちは知らないんだな。彼女がこの付近に住んでいるとすると……」
「旅人だったわね、外側にも知られていると思っていたけど……この森から少し出ると、広い地域で水を得られないのよ」
「得られない?」
「そうだ、降った直後の雨ですら地に吸い込まれてすぐに消える。おかげでミノー有数の都市だったマダーニも移転を余儀なくされた――30年ほど前だったかな」
「大変ッスね……アレ? ってことはボクたち水無くなっちゃうッスか⁉」
「いや、私は最初から移転したマダーニやその周囲の村での補給を考えていた。ユーマくんもだろう?」
「国境から一番近い都市圏って聞いてたし、そうだよ。」
水の事は知らなかったけどな。
しかし30年? この地域に人が住めなくなってるんじゃ……って移転したって言ってたな。
――それじゃこの人は?
「ここからマダーニまでなら1日歩けば辿り着けるわ、水は保つかしら?」
大丈夫といえば大丈夫だな、でも今は大切な事がある。
「もうひとつ、俺からもあなたにお願いが」
警戒を緩めたのか杖を下ろした女性に言うと、困ったようにキュッと眉を寄せた後、脱力してため息をつかれた。
「いいわ、この際だし私に出来ることなら聞いてあげましょう」
「良かった――名前を教えてくれないか? それと、俺と結婚して欲しい」
女性は小首をかしげ、何を言われたのか分かって無い様子だったが、しばらくして出会った直後の様に厳しい表情を向けてきた。
……腕の中のミュリエルからも、なぜか強い感情を感じる。
「何を言ってるんだ君は!」
「え? ……いや、まずは同意を得ないと」
「人間って面倒よねー」
「悪い冗談はやめてちょうだい、お互いの名前も知らないのに」
だからまず名前を知ろうと思ったんだよ。
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