第16話 ミュリエル
ガラスのような筒が突然砕け散ったのはさすがに驚いた。
おいでとは言ったが、入り口みたいに開くものだと……。
何はともあれ円筒形の中で緑色の液体に浮いていた女の子――ミュリエルに手を伸ばす。
浮かせていた液体が外に溢れ出したので筒の中で足をつき、体重を支えられない様子でフラついた所を抱きとめる。
「おとうさま……」
……俺か。
そうだな、ここに来るまでに何度もそう呼ばれてた、俺はそうなんだ。
およそ1mくらい、俺の腰のあたりに頭がくるミュリエルを抱きとめる為、下げた目線の隅に見覚えのある文字が映る。
円筒形の台座部分、そこに「ミュリエル」と書かれている、父さんに習ったカタカナって文字で。
漢字じゃなくてよかった……あれだと全然読めないからな。
能力で伝わる途切れがちの会話で、この子が名乗ったものと同じだ。
この遺跡を調べれば他の情報もあるかもしれない。
でもそれよりも……。
「ユーマくん無事か⁉ 凄い音がしたぞ!」
「ごすじん、スタスタ歩き過ぎッス!」
「何その子どうしたの!?」
「ここに居た、名前はミュリエルだ」
追いついてきた3人がミュリエルがを見て驚いてる。
林の様に立ち並んでる緑色の円筒形が邪魔して、ちょっと距離が開いてたし見えなかったんだろうな。
みんなにしてみれば、追いついたら俺が突然裸の女の子を抱えてる手品を見せられた様なもんだ。
「よく分かんないけど、ドロドロだよ? 水残ってたよね、あと服は無いけど毛布でいいかな」
「そうだなタロとジローさんも、もし水に余裕があったら……」
「大丈夫ッス!」
「当然だ。最寄りの街への行程を考えて、半分ほど残っていれば十分だろう」
助かる。
水を貰えるのもだけどミュリエルを抱えたまま、次にどうするか思考が止まってたからな。
「だれ……?」
「こっちの一番大きい人がジローさん、コボルトのタロに妖精のミアだ。心配しなくていいよ」
「そうだよ~妖精さんは良い子には悪いことしないからね?」
良い子以外には何をする気だ。
俺の後ろから現れた3人に対して怯えたようにしがみつくミュリエルをなだめ、みんなの水袋を使って緑色の液体を落としていく。
とりあえず落としきれない事も考えて、顔を先に洗ったんだが――。
「へぇ~珍しい髪の色だね、瞳と同じ水色……じゃないね光ってる? 元はもっと濃い色かな?」
「ミアくんの緑の髪も人間やドワーフでは見たことがないよ」
「染めてるッスか?」
「生まれた時からこの色だよ。この光ってるのは多分魔力だね? ほらほらミアの羽といっしょだよ?」
「ミア……? きれい……」
「むぎゅー!」
「ミュリエル、ミアに触る時は優しくな?」
ミュリエルの機嫌を取りながらどうにか汚れを落とし、雑嚢から引っ張り出した毛布で包んで抱き上げる。
その間、会話に参加しながらもジローさんは興味深げに周りを観察していた。
「この遺跡は……未発見の物のようだ。国に報告の義務があるな」
「ボクたちが入る前に誰か来た様子は無いッス。ホコリ積もってたから分かりやすかったッス。」
言われてみれば床にはうっすらとホコリが積もり、俺たちの足跡が綺麗に残っている。
それに誰かが発見していれば、ミュリエルが放置されてはいなかっただろう。
「その場合、報告したらミュリエルはどうなる?」
「様子を見るに、ここの筒の中にいたんだろう? おそらく研究対象として国が保護する事になるんじゃないか」
「む~……なんかイヤだね、それ」
ミアの気持ちは分かる、研究対象って響きはミュリエルが人として扱われない可能性を感じる。
俺たちの雰囲気を察したのか、ミュリエルが腕の中で身を固くする。
「大丈夫だ、遺跡は報告するにしてもミュリエルの事は黙ってればいい」
「……おとうさまといっしょにいられる?」
「そうそう、大丈夫大丈夫……だよね? ジロー」
「む……義務……なんだが……」
「こんな小さい子に酷い事するッスかジロー!」
ミュリエルも含めて4つの視線がジローさんを突き刺し、後退りさせる。
見習いとはいえジローさんは騎士、規律を重視する立場は分かる。
でもここは譲ってほしい、そう無言で訴えてみた。
心中でかなりの葛藤があったことは察せられる、しばらくの間をおいてジローさんが口を開く。
「報告はここを片付けた後にすべきだろう。その筒は初めから割れていたんだ、きっとな」
「ありがとうジローさん」
「それじゃ片付けは今度来た時にするとして、ここから出ない?」
「さっさとずらかるッスよ!」
悪党のような物言いは前のごすじんのとこがそうだったのか?
でもどこかに落ち着きたいのは賛成だ。
ミュリエルの様子も見たいし、基本的に水や食料を始めとしてあまり長期間野外活動をする準備をしてきてない。
特に水はミュリエルを洗うのに使ったんで、残りが心もとないしな。
元々何事もなく進んできた通路だ、戻るのも問題はなかった。
全員が出た直後、遺跡の穴が閉じたのは……まあそんなもんだろうな。
昼間の日光に目を細めるミュリエルは、森のそこかしこから聞こえる音に興味を示して、毛布の中でキョロキョロとしている。
それを腕の中で抱き直しつつ、ここから最寄りの街へ――。
「あなた達そこで何をしているの!」
向かおうとした俺たちを、女性の声が制止した。
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