第11話 野営

 決闘に関して一応の決着もついた俺たち。

 予定よりも早いが、そこから少しばかり進んで野営をする事にした。

 ミアによる約束したよね? という圧力に屈したジローさんは、その後黙々と歩を進め空気を良くするという目的は達成出来てはいなかった。

 不承不承ではあるが、表面上は空気を悪くしない努力をすると言ってはくれたが……。

 正直な所やり方を間違えたな、と思う。

 だけど人と接した経験が少なすぎて、どうして良いのか分からない。

 必要最小限の会話のみ交わしながら、寝る時には二人一組で交代して見張りが必要だな、なんて話しつつ夕食の準備を進めた。


 さすがに旅の最中に良い食事は望まない。

 朝食に食べていたサンドイッチとそう変わらないメニューになる……が、ちょっとだけ変化を付けておこう。

 ナイフで削ったベーコンとチーズを焚き火で炙り、固いパンに挟んで各自に回す。


「ユーマちょっとパンの部分多い、もうちょっとチーズ多めでおねがい」

「へいへい」


 ミアの分はいつの間にか俺の分から分ける事になっていた。

 さて、これだけなら朝食と変わらない。

 雑嚢から陶器の瓶を取り出し――しまった、器が足りない⁉


「ワインがあるんだけど、何か器持ってるかな?」

「ワインか……木製の皿があるな、私はこれでもらおう」

「ん~私はそこの葉っぱでも良いかな、ちょっと洗ってくれれば」

「タロはダメだぞ」

「ボクはダメっすか⁉ 匂いが強いのは苦手だからいいッスけど!」

「代わりにベーコンもう一枚切ってやるよ」


 犬に酒はダメだろ、コボルトはよく分からんけど。

 追加でベーコンを切って枝に刺し、焚き火の前に置いてやる。

 ワインの事など忘れたように尻尾を振りだしてる所を見ると、酒より肉か。

 ジローさんが差し出す窪みのある木の器に瓶からワインを注ぎ、次いで自分の木のコップに注ぐ。

 そこから、水袋の水で洗った葉っぱを器の形にした物にワインを移して準備完了!


「それじゃ、いただきます!」

「いた……?」

「ユーマ、朝にもそれ言ってたよね? 人間のマナー?」

「コボルトは言わないッス」

「え? ウチはコレと太陽神への感謝がワンセットだったんだけど」

「……地方や一族によって、作法の違いはあるかもしれない」

 

 山の中の一軒家だったしな、そんなもんかも。

 パンをかじり、口の中の水分を持っていかれた分をワインで補充し――。


「酸っぱ⁉ なにこれ⁉」

「あ、あれ?」

「この酸味、これはまさか……山ぶどうで作ったワイン……か?」


 ワインを口に含んだ俺と2人が、驚きにそれぞれの器を口から離す。

 まったく予想してなかった味だったんだろう、口から吹き出しこそしなかったが器のワインを見つめたり、慌ててパンを追加でかじったりしている。


「母さんは山ぶどうがどうとかって確かに言ってたけど、おかしいな……前に飲んだ時はこんな味じゃなかったはずなんだけど……」

「背負ってる間にダメになったんじゃないの?」

「いや、香りは悪くない……山ぶどうだと思えばこうなりそうな味、か?」

「そうッスね、悪くなってる匂いはしないッス」


 ウチでは父さんが酒類は20歳からだって言って、あまり飲んでなかった。

 それでも母さんがこっそり試させてくれた時は、こんな味じゃなかったはず。

 なんでだ? これを仕込んだ去年だけ失敗してたのか?

 母さんが最後に仕込んだ物だったんだけどな……。


「ごめんね、これはちょっと飲みきれないかも~」

「あ、あぁ……仕方ないと思う、いいよ……」


 葉っぱの器を若干遠ざけて言うミアだが、俺も正直飲むには辛い酸っぱさだ。

 毎年、出来の違いを楽しげに話していた両親を思い出し、思わずため息が出る。

 気がつくとジローさんが、ため息に気を引かれたのかこちらを見ていた。


「……これは普段何を食べながら飲んでいたんだ?」

「食べ物? ワインを飲む時は……山でヤギとかイノシシが獲れた時かな?」

「ウサギは獲っていたか? その時は飲んでいなかったんじゃないか?」

「ウサギ……確かに飲んでなかったな、でもなんで?」


 なるほどなと頷きながら、器を置いたジローさんが自分の荷物をあさり出す。

 直後、タロが顔を背けて騒ぎ出した。


「だめッス‼ 今度は悪くなってる匂いッス‼」

「いや悪くなってはいない……が、その反応が予想できたから奥に入れていた」

「緑色……カビのチーズ? あ~それ凄く臭いやつね」


 ジローさんが荷物から出してきたのは、表面の一部がカビに覆われたチーズ。

 包みを開けた瞬間、確かに結構な匂いがあたりに漂い出していた。

 それを切り分け、自分と俺のパンに乗せ、ミアにも分けろと仕草で伝える。

 

「それと一緒に飲んでみるといい」

「え~これ結構クセがあって……あれ? 飲めるよ? 味が違う」

「……本当だ、なんでだ?」


 ワインの味が違う、という訳じゃないが確かに酸っぱさを感じにくい。

 まだ口をすぼめたくなる感じはあるが、さっき飲んだのとは別物のように飲みやすくなってる。


「一緒に食べる物で、飲み物の味も別物に感じる事がある。合う合わないと言ったりもするな」

「なるほどね~ヤギとかイノシシみたいな、クセのある食べ物用のワインだったってこと? というか美味しいね、これ」

「そういう事……なのか。実家では俺、ほとんど飲んでなかったからなあ」

「ボクだけ分かんないッス!」


 そういえば試しに飲んだ時も、母さんが用意した物を一緒に食べたっけ……。

 面白がって飲んだせいもあり、パンの倍ほどの早さで減っていくワインを追加で注いでいく。

 旅に持ち出せる程度の大きさの瓶は、すぐにその重さを減らしていき――。


「無くなっちゃいそうだね?」

「ふむ、セーブするか」

「いいよ、飲むために持ってきたんだから。このまま空けてくれ」



 気落ちしていた気分が明るくなったのは、酔いのせいだろうか。

 それを変えてくれたジローさんを盗み見、怒らせた原因を思い出す。

 ――笑ったな⁉ 母上から頂いた私の名を!

 名前を笑った、その事自体に怒っていたのか?

 俺はそう思って、どこか軽く考えていたのかもしれない。

 ジローさんが何に怒っていたのか、肝心な所に考えが及んでなかった。

 

 パンを口の中に片付け、空になった瓶や食器を拭って雑嚢に戻す――その前に。

 ジローさんの正面に向き直り、深く頭を下げた。


「ジローさん、名前を笑ったのは俺が全面的に悪かった、許して欲しい」

「……突然どうした? それは終わった話だ、私ももう忘れたよ」


 顔をそむけながら言うジローさんの表情からは、道中感じていた陰は薄れたように思う。

 食事の感想を語り合いながら後片付けを終わらせ、荷物から毛布を引っ張り出して寝る準備も整えた。

 お互いの得意、不得意を話し合って見張りの順番を決め、酔いも手伝ってか早い内に眠りについた。

 この4人なら問題を話し合い、山を越えて向こう側へ辿り着けるだろう。

 そう思いながら。


 俺たちはこの日、旅の仲間としての意識を共有するに至ったのだ!

 ――そう思っていた日があったと、後にミアは語っていた。

 翌日、スッキリした気分で出発した俺達は、また難題にぶち当たったのだ。

 難題というか、壁というか……武装勢力というか。

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