第10話 ユーマVSジロー
逃げるが勝ち、父さんもそんな事を言っていた。
外に出れば遠からず命の危険に晒されるのを前提として、厳しく仕込まれた事のひとつ。
戦う時には手段を選んではいけない、というのが父さんの教えで最も徹底された事だ。
なので思いついた手が姑息なのは父さんのせい、仕方ない。
「仮にも決闘だぞ! 一度受けた勝負を捨てて背中を見せるなど、恥ずかしくないのか!」
「ないね! 背中くらいいくらでも見せてやるバーカバーカ!」
「クッ……その性根、私が叩き直してやる! 待て!」
元から怒っていたのもあるだろうが、今はもう顔を真っ赤にして追いかけてくるジローさん。
この場で競う限り、足は俺の方が速い。
なにせ人生の9割以上を山の中で生活してきたからな。
少し足場の悪いここは俺に有利だ。
元の体力でもおそらく俺が若干上だろう、追いつかれる気はしない。
「ちょっとぉ! あんまり移動したら追いつけないでしょ!」
「飛んでるクセに遅いのかよ! もっと上から見とけ、俺が逃げるとこをな!」
「ごすじん、もっとカッコよく戦うッスよ!」
「私の目の届く範囲で、さっさとやられちゃいなさいよ!」
見物2人はどっちも勝手なこと言う連中だな!
ミアの飛行速度が遅いってのは予想外だった。
羽がぼんやり光っているのは魔力のせいだろう。
さらに羽ばたいていると、鱗粉のようにキラキラと光が舞う姿は美しいと言えなくもない。
でもあれ、別に飛行能力に加速をもたらしたりとかはしないんだな……。
まだ山に入っていないためか、地形は比較的開けている。
距離が開いたのを確認し、目的の場所へ――っと足スベったぁぁ!
致命的失敗とまではならなかった体勢を立て直すのももどかしく、左手を地面に着きながら地面を蹴る。
道から外れた木々の茂る方向、左へ足を滑らせながら急角度で曲がりつつ後ろを振り返った。
「姑息な! 逃げ切れると思うな!」
「追ってくんじゃねぇぇっ!」
相手の左側から手に持った枝をぶん投げる。
投げるのに向いてない形だが、狙い通り上半身へと回転しながら飛んでいく枝。
こっちが急に方向を変えたせいで、向こうも全力疾走からの急な方向転換で、一時的に動きを止めた瞬間だ。
このタイミングなら避けられないだろう!
体術はあまり得意じゃない様な事を言ってたが、危なげなく左手で枝を払うジローさん。
そのまま、なおも俺に追いすがろうとして来る顔の前に、押し止めるように手を突き出して、審判(ミア)に叫ぶ。
「審判! ミア!」
「え? あ~そうだね。ユーマの勝ち~!」
「なっ⁉」
「え、終わりッスか?」
あまり物事を複雑に考えない奴が審判で助かった。
決闘ルールは、枝を先に体に当てた方が勝ち。
ジローさんは左手で枝を払った、その時点で決着だ。
やる以上は負けたくないのが俺の性分。
それに短い時間でも分かった、この人は馬鹿正直すぎる。
例えこんな方法だろうと、約束した以上はスパーッと……。
「ふざけるな!」
持っていた枝を地面に叩きつける姿からは、解決の気配は感じられなかった。
アレ? コミュニケーションって難しいな……。
俺の予定だとこう――ライバルと戦って認め合う感じの展開だったんだが。
父さんが寝る前に話してくれた物語でも、そういうのよくあったし。
これまでの人生で、それなりに接した人数は片手の指の数より少ない。
俺の人との接し方は父さんの物語の影響が大きいんだが……これはダメな気がする。
「常識的に考えて、今の行為を認めて勝利とするのは不正だろう!」
「え~? じゃあ事前にそういうの決めといてよ、後から言うんじゃなくて」
まあそうだな、俺もミアが正しいと思うぞ。
ミアならそう言うと思って、細かいとこを詰めないようにしたんだけど。
なにはともあれ、審判が味方についた俺の勝利は揺るぎない。
おまけにミアのシンプルな理屈を覆すのは、頭に血の上ったジローさんには不可能だ。
そこまでは計算尽くだったんだが、これは予想通りじゃない方が良かった。
一時の優越感に目が眩んで勝利条件を間違えた……。
別に勝っても負けても良かったんだ、この決闘の勝利条件はジローさんとの和解なんだから。
これは父さんのせいに出来ない、選べる中でもかなり悪い選択をしたんじゃないか、俺?
父さん、あなたの息子は姑息なばかりで視野が狭くて考えが浅いです……。
早い内に改めよう、でも謝罪ってどのタイミングですれば良いんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます