第9話 決闘

 タロの旅支度を整え、城門都市サイトを出発した俺たち4人は順調に山越えを!

 ……出来ていなかった。

 実家がある山も属するセツザー山脈。

 目の前にそびえる、人間にとって他種族を防ぐ城壁となっている山々を越えれば、俺の一応の目的地であるセツザー山脈「内側」地域――。

 なんだが……どうにも足取りは重かった。


「ね~空気悪くない? 旅ってもうちょっと楽しくすべきだと思うな」

「そうッス! 暗いッス!」


 こいつらは……とうとう口に出しやがった。

 空気を読めないのか、読んだ上での事なのか。

 ……表情を見る限り、タロは何も考えて無いのは間違いないな。

 声に出して言われちゃ仕方ない、俺から振るしかないか。


「何が気に入らないんだ? ジローさん」

「……どうして私の名前を笑った?」

 

 それか、馬車にはねられて死にかけてたから、忘れたか流れたかと思ってたが。

 絵に描いたような激怒だったしなあ……。 


「俺と家族が飼ってた犬の名前がジローだったんだよ、タロの名前を決めた直後だったから思い出したんだ。笑ったのは名前そのものじゃない」

「ボクのせいだったッスか!」

「私の名が、犬やコボルトと同列か」


 まだ不愉快そうだが、名前を笑った――侮辱した訳じゃないと納得してくれたらしい。

 だけど重苦しい空気はそのままで、とうとうミアがキレた様に叫んだ。


「あぁ~うっとうしい! もうそんなのスパーッと決着つけちゃいなさいよ」

「スパーッて言われてもな、たしかにこのまま何日もは辛いけどさあ」

「いや、もっともだ」


 ミアに同意した声は予想外にジローさんの物だった。

 不意に横道にそれ、屈んで何かを拾い上げると、ひょいとこっちに放ってくる。

 手元に飛んできたのは50cmほどの木の枝、向こうの手にもあるそれ。

 子供の頃を思い出す形と長さだが、まさか……。


「決闘だ! 先に相手の体に枝を当てた方が勝ちでいいな?」

「じゃあミアが審判ね、恨みっこなしで早く終わらせよ?」

「マジかよ……剣を使った経験なんかほとんどないぞ! 騎士相手とか不公平じゃないか?」

「問題ない。私が騎士見習いとして採用されたのは、魔法使いとしての働きを期待されての事だ。最低限の体力作りはしているが、正直なところ接近戦の訓練はろくに積んでいない。」


 実のところ、俺も護身程度には剣の訓練をしてはいた。

 あっちが騎士の訓練で行ってる、と思っていた物に比べれば付け焼き刃だが。

 それを黙っている俺と違い、あっちは手に持った枝を眺め、先端を少し折り取った。

 多分こっちの枝よりもちょっと長かったんだろう、馬鹿正直な人だな。


「ごすじん頑張るッスよ!」

「あぁもう! 分かったよ! ルールは先に枝を体へ当てた方が勝ち、それでいいんだな?」

「この状況で倒れるまでとは言わん、先に出血というのも無駄なリスクだ。そのルールで良いだろう」


 勝利条件は剣に見立てた枝が体に当たる事……と、念押しはオーケー。

 10歩程度の距離をあけ、二人で正面から向き合う。

 審判役のミアと手を振り回して応援に励むタロは、中央付近に。

 向こうが右手に枝を構えたのを確認し、ジリジリと合図を待つ。

 構えて向かい合った雰囲気では、接近戦が得意じゃないってとこに嘘はなさそうだ。

 いくつか考えてた事を急いでまとめ、唐突な決闘に対しての対処を固める。

 しばらくして妙にもったいぶった妖精が、ふんぞり返って掲げた手を振り下ろした。


「はじめ~!」

「こんな所にいられるか! 俺は帰らせてもらう!」

「な、なに⁉」 

「ごすじんっ⁉」

 

 俺はミアの合図と同時に背中を見せて駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る