第5話 ジロー

「ち、治療! ミア、お前魔法使えるんだろう⁉」

「うわ……これはちょっと……ミアの体力じゃ足りないかも?」


 目の前には馬車にはねられ、手足が妙な方向に捻じれたまま倒れ伏すジローさん。

 はねられた時か倒れた時に打ち付けたのか、頭と地面の間に広がっていく血溜まりに冷静さを奪われる。

 こんな重傷、ミアの魔法で治らなかったらお手上げだぞ⁉


「なんてこった……き、貴族様をはねちまったのか……⁉」


 馬車を操っていた御者のおっさんが蒼白な顔で飛び降りて駆け寄ってきた。

 取り敢えず治療の邪魔になるんで手で制して……こいつと話してた人はどこいった?

 いないな、どういう関係か知らないが面倒に巻き込まれる前に逃げたか?


「とにかく治せ、ある程度回復したら無理矢理ダンゴも詰め込む」

「あ~アレ怪我も治るんだっけ、じゃいくよ~」

 

 1秒に満たない時間指を動かし、一言呟いて魔法を発動させるミア。

 腕や足での動作、長い呪文抜きというのはかなりの才能持ちか熟練者の技だ。

 特技だ交渉材料だと、言うだけの事はある。

 一般的な怪我を治す治療系魔法は2種類。

 効果の小さい物と大きい物、ミアが使っているのはおそらく後者だろう。

 それを2回使い、グッタリした様子でヘロヘロと地面に着地した。


 魔法は使うと体力を消耗し、効果の大きい物ほどその程度は大きくなる。

 限界近くまで消耗すれば当然身動きもとれず、最悪意識を失う事だってある。

 効果の高い治療魔法を2回、それがミアの体力の限界なんだろう。


「2回で限界か? 妖精ってもっと魔法が得意かと思ってたな」

「2回だよ⁉ 人間の体力でだって倒れそうなのに、このサイズでだよ⁉」

「それもそうか、おつかれ。これならダンゴ食えるか? 」

「魔法いいッスね、ボクも使ってみたいッス!」


 折れ曲がっていた足が真っ直ぐになり、頭の出血も止まった様に見える。

 呼吸の強さも問題なく、規則正しい――脈も異常なし。

 服の内側は――負傷があったかもしれないが、ミアの魔法で治ってるか?


 これならダンゴも食えるだろう。

 意識ないけど、父さんは「一応魔法の道具には違いないから大丈夫」だって言ってた。

 とりあえず大通りの真ん中なので、野次馬に散ってもらって意識のないジローさんを道の端まで運び、ダンゴを口の中にねじ込む。

 これが最後の一個、想定外だけど家に取りに帰るのもマヌケだな。

 ジローさんの喉が動いた直後、小さく声を漏らしながら目を開けた。

 さすがは父さん印のダンゴだ。


「私は……くっ、なんだ……体が……?」

「馬車にはねられたんだよ、そこにいるミアが治してくれたけどな」

「感謝してもいいよ~あとダンゴにもね、あれポーションみたいな効果だよね」

「妖精……? それにポーションだと? 君達に助けられたのか」

「そうッス!」


 原因作ったのも俺みたいだけどな、それもあってか複雑な表情だ。

 あと胸張ってるタロは何もしてねぇ。


「だ、大丈夫でしょうか貴族様……」

「服は酷い事になったが……見ての通り問題は無い。君はもう行きたまえ」


 平謝りする御者のおっさんに実害は服だけだからと首を振ってるが……。

 おっさんがパッと見で貴族だと判断するくらいには、仕立ての良い服だぞ?

 構わないと断言して立ち上がるジローさんに続いて、俺も……っと。

 足元でよろけているミアを思い出し、拾ってタロの頭に乗せてやる。


「ぎゅえー……優しく! 握る時は優しく⁉」

「経緯はどうあれ、恩人は恩人だ。礼をしなければならないな」

「礼って言われても……」

「あまり出せないが宿に戻れば謝礼金を包める。失礼に当たるかも知れないが、私は任務の報告へ帰らなければならないから時間を取れない」


 頭を下げる御者のおじさんを手で追い払い、俺に身を寄せて小声で続ける。


「私自身は貴族という程の身では無いが、隣国の騎士……見習いだ。他国で問題を起こしたなどと、あまり知られたくはない」

「分かった、黙っとくよ。ところで隣国ってのは山脈外側――南のトルツ王国? それとも内側の……?」

「ここから最も近い内側の国、ミノー王国だ。小さいが、国王陛下から男爵領を預かるカステル家の三男、ジロー・カステルという」


 スッと姿勢を正して名乗る姿はさすが騎士見習いって感じだ。

 しかしミノー王国の人だったか。

 何かして貰えるっていうなら、謝礼金よりもして欲しい事があるな。

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