第4話 ミア&タロ

「このダンゴっていうの? 結構美味しいね――グェーップ」


 カエルのような豪快な音を、躊躇なく腹の奥から響かせる自称妖精。

 本人の頭くらいの大きさはあったんだが、ダンゴは既に口の周りに食べかすを残すのみ。

 肩の高さをふよふよと飛び、満足そうに腹を撫でる姿には神秘性とかはない。

 青筋を立てた食堂の主人の脅しに屈して、買って下さいと泣き出した時点でそんな物は微塵もなかったが。


「でもミアの交渉材料を取っちゃうのはどうかと思うな」

「そういうもんだから仕方ないだろ。保存食兼治療薬なんだよ」


 ミアの言う交渉材料とは、毛玉が負ってた負傷の件。

 魔法で治せると言ってたが、ダンゴがあれば必要無い。

 毛玉と自称妖精のミアに食わせたダンゴは、父さんが作った物だ。


 何故か豆として栽培しようと試行錯誤していたが、結局成功しなかった。

 でも効果には何も問題が無い。

 ひとつ食べれば3日分くらいの栄養は取れる(らしい)し、ちょっとした重傷でも即座に癒える。

 あと結構美味しいので作ってくれと何度も頼んだもんだ。


「ありがとうッスごすじん! でも、ボクももうひとつ欲しいッス!」

「保存食ってもっと用意しとくもんじゃないの?」

「あれ一つで緊急時の数日分なんだよ! 俺一人なら十分だったの!」


 それよりとりあえず、この毛玉を洗ってやりたい。

 空腹が満たされたらしく、ようやくしゃっきり歩き出してる毛玉。

 俺を真ん中に、左隣を飛ぶミアと右隣を歩く毛玉――二足歩行で。

 

「というか今喋ったか、お前⁉ それにいつから立って歩いてた?」

「え? 喋っちゃダメだったッスか?」

「横暴~そういうの、パワハラっていうんだよ~」

「二足歩行は種族のアイデンティティ? だから止めないッスよ? 四足だと犬と見分けつかないッス!」

「そう、そこは大事! 種族のイメージは大切にすべきよね」


 ね~? と顔を見合わせる妖精と二足歩行の犬。

 喋る犬、二足歩行……って事は……。


「コボルト……だっけか?」

「そうッス! ボクはコボルトのザカライアっていうッスよ、ごすじん!」

「ごす……?」


 元気よく片手を上げて自己紹介する、元毛玉ことザカライア。

 神が作った人間以外のいくつかの種族、亜人――と人間が勝手に呼んでいる存在――にはエルフやドワーフの他にも、人と獣の間のような種族が何種かいる。

 人間と生活圏が近い種であれば、ケンタウロスやリザードマン辺りが有名どころらしいが、コボルトもその一種……のはずだ。

 人間並みの知能を持つらしいが、基本的に小柄であまり強い種族ではない。

 そのせいで人間に捕まって奴隷として働かされている事が多いと、母さんの授業で言ってたっけ。


 まあ見た目は完全に犬だし、別にいいか。


「それよりも、ザカライア? やたら立派な名前だな」

「前のごすじんが付けたッスけど、嫌いだから変えても良いッス」


 前の――この汚い毛玉にしか見えない状態で、怪我を負わせて空腹で放り出したヤツ、か?

 コボルトに意識を集中すると、離れた場所にある魔力と繋がっている気配がある。

 形は……薄い四角形、紙かな?


 奴隷契約書の類だろうか。

 使ってる魔力の少なさから見て、制限をかけた簡易的な物だな。

 特定行動を取ると罰則として電撃が流れる――と。


 場所は離れているが、契約の本体はこのコボルトだ――これなら。

 ちょいちょいと魔力に干渉して契約内容を弄る。

 消すのは手間だけど、契約者を変更するなら問題なさそうだ。

 とりあえずコボルトに繋がってる魔力は、元ごすじんとやらに繋げとこう。

 契約書から辿れる関係者はそれしかいないしな。


「どうしたッスか? ごすじん」

「ん? あぁもう俺達には関係無い事をちょっとな。しかし名前か」


 契約書に記されていた禁則事項の内容は、ロクでも無い物だった。

 およそ生き物扱いされてないと言っても良い。

 そんなヤツが付けた名前は改めた方が良いだろう、とはいえ。


 ジロー、サブローときたら四番目はなんだ? シロー? ヨンロー?

 予定が無かったから父さんに聞いてなかったな。

 分かってるのは父さんが飼ってたっていうタローなんだが……。

 そのまんまじゃ何だし、ちょっとだけ変えとくか


「じゃあタロだ! 遅くなったけど俺はユーマ・サト……ショートだ。ユーマ・ショート」

「ボクはタロッスか! そんでごすじんはユーマ様!」


 直後、大通りの反対側から聞こえてきた馴染みのある名前が聞こえてきた。


「あぁジローだ、宿でジロー・カステルと……」

「……プッくくっ……クソッ」


 つ、つまらん事でツボに……! そのまんまは我慢したのに!

 一瞬で犬のジローとの思い出が頭をよぎって、耐えきれなかった。

 ……ん? あのジローって人こっちを――というか俺を見てないか?

 しまったな……あの人、魔法使いだ……俺の能力に反応したか。


 ミアとは別の方向で仕立ての良い服装――コートやその中に見える服は俺たち平民とはハッキリと別物だ。

 短めに刈られた金髪も綺麗に整えられ、周りの通行人よりも身だしなみに気を使ってるのが分かる。

 金のある商人とかも服装は違ってくるが、あの雰囲気は貴族とか騎士とか。

 そうでなくても、見た目に金と時間を使える余裕のある生活をしている人間。

 そのちょっと揉め事起こすと面倒そうな人が、明らかにヤバげな表情で――⁉


「貴様! 今笑ったな⁉ 母上から頂いた私の名を!」

「うわっ⁉ いや、ちょっと待って!」


 なんか誤解された⁉

 会話してた人を向こうに置き去り、通りを横切ってこっちへ――!


「黙れ! この場で謝罪しないと言うなら切り捨ててでも――⁉」

「だから待っ――⁉」


 よほど怒っていたんだろう、周りが全く見えてなかったらしい。

 大通りを真っ直ぐに横切ろうとしたジローさんは、凄まじい音を立てて馬車にふっ飛ばされた。

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