第2話 毛玉&……虫

「大! 都市! だぁ!」

「はしゃぐのはいいけどよ、大都市はもうちょい先だ兄ちゃん」

「いやあ、あの規模の都市は初めてでさぁ!」

「随分若く見えるけど18だろ? 早い奴ならもう子供がいても良い頃だろうに、世間知らずだねぇ」


 旅に出てから数日。

 実家を出た俺は定期的に物資を届けてくれていた行商人のおじさんと会ってこれまでの礼を言い、ひとまずの目的地へ向かった。

 比較的近い王都ではなく南の都市を目指し、その近くで仕事帰りの荷馬車に乗せて貰った俺の前に、高い城壁が近づいてくる。


 ここへ来るまでに小さな町や村は通って来たが、先にあるのは近隣最大規模の城塞都市だ。

 俺のテンションが上がるのも無理からぬと思って欲しい。

 なんせ両親の言いつけで街はもちろん、近くの村にすら殆ど近寄れなかったからな!

 街道の両側を一面緑色に染める麦穂が春の風に揺れる景色が途切れ、巨大な城門とその前に並ぶ行列が見えてくる。

 

「結構並んでんなぁ……やっぱ時間かかるの、アレ?」

「そう思うだろ? でも場合によってはそうでもねぇんだよな」


 荷馬車の手綱を握ってたおっちゃんが、ニヤッと笑いながら手のひらを上に向けてひらひらとさせる。 

 ……世間知らずな俺だが、両親に外の話はあれこれと聞いている。

 腰の袋から適当に掴んだ銅貨――5枚か――を、おっちゃんの手に載せた。


「まいどっ! そんじゃあ行くか」

「え? い、良いのか? 行列無視しても?」


 おっちゃんの操る荷馬車は居並ぶ行列をスルーし、武装した門番が立つ、いかつい城門の前へと進む。

 横を通り過ぎる度に並んでる人達からの視線が痛いんだが。


「よぉロブ、今日は早いな」

「薪運び頼まれてただけだからな、それよりお客さんだ」

「旅人か? 街の人間以外は通行税が必要だぞ、銀貨1枚だ」


 なるほど。

 隣にズラッと並んでるのは他所からこの街に来た人間で、通行税が必要と。

 おっちゃんは街の住人だから税が必要なくて行列を無視、俺はそのオマケで住人用の方へ通れた訳だ。

 隣で通行税を払ってやりとりしてる人達、一人一人にかかってる時間は大した事ないけど、あの人数で銅貨5枚……ま、得だと思っとこう。


「銀貨1枚ね、これで大……都市?」

「もうちょい先って言ったろ? 兄ちゃんが想像してる大都市は、この先にある城壁をあと2つ超えた向こうだよ」

「本当なら街へ入るにはもうちょいチェックがあるんだが……どう見てもおのぼりさんだな、通っていいぞ」 


 おっちゃんAと門番のおっちゃんBの笑い声を聞きながら、税を払った証の手形を受け取り荷馬車に乗り直して城門を通る。

 最初の城壁を抜けると、300mほどの距離を置いて向こう側に次の城壁……どっちの城壁も高さ20mはあるんじゃないか?

 父さんに連れられて行った王都だって、こんなに立派じゃなかったぞ?

 王都は確か勇者帝国時代に建てられた、今より技術がある人達が作った街のはずなのに。


「田舎から出てくりゃ驚くよな、これが城門都市サイトだ。周辺諸国一丸となって固めた防備は伊達じゃねぇってことよ」

「話には聞いてたけど、見ると聞くとじゃってヤツだなぁ。」


 俺の実家があった山も含むセツザー山脈――この世界を創った太陽神と月の女神が喧嘩して組み合った際に、それぞれが踏ん張った足が造った山脈だとかいう眉唾なそれ――の存在はこの周辺地域の情勢に深く関わっている。

 その2列の山々の連なりが向かい合い、山脈に囲まれた「内側」と「外側」にはそれぞれいくつか、人間が国家を樹立していた。


 昔々、勇者って呼ばれた偉い人達が、大陸を統一して建国した帝国……は分裂して衰退。

 度量衡はともかく様々な知識がその後、各国家に秘匿されて失われたらしい。

 今じゃ人間の生息域は各地域ごとに分断され、この地域も獣人やモンスターの国家と戦争中、しかも劣勢だ。

 そこまでは俺も、母さんに教えてもらって知っている。


「20年ほど前にサイトの東にあったヒラータって国がゴブリンの国に滅ぼされて、さすがにヤバいってんで金や人手を出し合って造った城壁だ。いざとなったら山脈が城壁、このサイトを城門代わりに山脈の「内側」に人間みんなで立て籠もるってな。」


 悲壮な話をしてるわりには、「城門都市」の名の由来を語るおっちゃんの声は明るい。

 「最後の頼みの綱だから皆必死で建築して気がつけば、こうよ」と笑いながら語るのは、そんな未来に現実味を感じて無いんだろう。


 でも実は俺が王都へ行かずこのサイトに来たのも、戦乱って面倒事を避けて「内側」へ行くつもりだったからだ。

 父さんいわく、王都とその北方面はかなりの緊張感らしいんだよな。

 戦乱で住んでる家どころか街や国まで失った人や、そうなる前にってんで「内側」へと移住する難民も後をたたないそうだ。

 別れ際おっちゃんに手を振りながら、30mはある最後の城壁を振り返る。

 ……ま、こんだけ立派なら俺が生きてる間は大丈夫だろ。


「大通りでかいな……人多っ⁉」


 街の正門を抜けて大通りに出ると、まさに大都会! って光景が俺の目に飛び込んできた。

 一直線の大通りが視界の端まで続いてる――のかもしれないが、人混みでよく見えない。

 今日は祭りか? と一瞬思ったけど、これが大都市か。

 父さんによればサイトは周辺人口合わせて公称10万らしいけど、戸籍に載ってない人が大量にいるって言ってたからな。

 しかし何度か遠くから見た、近くの村でやってた祭りでもここまでの人手じゃなかったぞ?

 初めての光景に圧倒され、整備された石畳の感触を靴の裏に感じながら、通りの大きさや人通りに負けない威容を誇る大店舗を眺めて歩く。


 とりあえず、宿を探して……買い物か。

 山を越えた向こう側の地理も不案内だし、食料も多めに必要……食料か、腹減ったな。

 大通りには当たり前だけど、店構えが立派なとこが多い。

 何か食べるにしても、もっとこう気軽に露店とかで良いんだが……。

 そう思って別の道を探してキョロキョロしてると路地への入り口、その隅に目が止まった。


 ――毛玉だ。

 黒と茶色に汚れた1mに近い巨大な毛玉が路地の入口、風通しの悪そうな一角に転がっている。

 街の人間は誰も見向きも……いや、注意を向けてもすぐに興味を失っている。

 俺もこれが人間なら同じ様にしていたかもしれない。

 不幸な人間はこの世界にいくらでもいて、その全てを俺は助けられない。

 闇雲に救いの手を差し伸べるべきじゃない……が、声をかけたのはジローとサブローの姿が頭をよぎったせいだろう。


「おい、大丈夫か?」

「きゅ~……」


 鳴き声か、泣き声か。

 高めの声で返事をしたそいつの頭らしき部分を撫でてやると、身を守るように丸まっていた体が少しずつ伸び、黒い瞳が俺を見上げてくる。 


 犬だ。

 大型犬に分類されるだろう大きさのそいつが、元の色も分からないくらい汚れた状態で弱っている。

 体に触れるとわずかに嫌がる仕草をする……怪我までしてるな。

 おまけに――。


「腹の音か。負傷と衰弱に腹ペコ――となるとアレだな。」


 背負っていた雑嚢を下ろし、中を探って目的の物を取り出す。

 父さんが遺したいくつかの物の内、旅に持ってこれた数少ない物のひとつ。

 丸い形のそれを鼻先に持っていってやる。


「食えるか? ダンゴって食べ物なんだが――」

「ちょーぉぉっ! こっち! こっちも助けて! そこの変な魔力出してる人!」


 一人と一匹の世界に突入していた俺たちに、頭の上から声がかけられる。

 変な魔力というとまあ俺だろう、父さん譲りの能力の副作用みたいなものだ。

 唐突に降ってわいたそれは、路地に隣接した店の軒先に吊るされた鳥かごの中から聞こえたような気がする。

 そんな大きさの人間はいないだろう、無視してダンゴを――。


「聞こえてるんでしょ? 反応したよね⁉ ホラホラこっち! 今ならこんなに可愛い妖せ――」

「俺は犬は好きだけど虫は嫌いなんだよ」

 

 痛いのは我慢できてもかゆいのはダメだ。

 

「誰が虫よ⁉ その食べ物こっちの腹ペコ妖精にもちょうだい! あと籠から出すように言って! 代金払えないなら売り飛ばすって理不尽だと思わない⁉」


 あつかましい要求をしてくる籠の中の生き物に視線を移す。

 その中には手のひらに乗る大きさの、人型に透明な二枚の羽が生えた……虫が。


「嫌そうな顔しない⁉ 妖精は助けると良い事あるんだから!」

「初耳だな、恩返しに何か持ってきたりするのか?」

「……さあ? 育った集落だと、こういう時はそう言えって皆言ってたし。いめーじ戦略? とかそういうの」


 やっぱり虫はロクでもねぇ、心底そう思った。

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