TS短編集
TAMA-CHAN
【短編】ファッションセンスびみょーな銀髪TSエルフの話
アラームがやかましすぎた。電子的なアラート音は、音程なんて外さない。設定に忠実なデジタルらしい態度で、繰り返し鳴り続ける。
だから目覚まし時計は冷酷なんだ。二度寝を許してくれない。
夢の中にあった意識を無理矢理にも現実に引き戻されたあげく、低血圧もあいまって気分も機嫌もまったく良くなかった。ムニャムニャとした気持ち悪いダルさが全身を襲う。
小さじ二杯くらいのちょっとした苛立ちを覚えるが、目覚まし時計を恨んでも意味がない。さらに、これから大学の講義がある。だから、どちらにしろ起きなければいけなかったのだ。
それでも、夢か現実かよく分からないフンワリとした感覚のただ中では、いまいちパッと起き上がる気分になれない。
しかたなく布団の上でボーっと過ごしていたら、炭酸の泡が沸きあがるようにやっと現実に戻ったという実感が現れた。
——いいかげん、起きるか……。
いまだ思考は冴えていないが、コーヒーでも飲めばいいだろう。
重苦しい頭を抱え、ゆっくり上半身を起こした。
まずは現時刻を確認したい。目をこすりながら、手の感覚だけで目覚まし時計を探す。
——んん?
腕を伸ばした矢先、大きな違和感が脳内を巡った。
パジャマの代わりに使っている大手スポーツ用品メーカーのジャージ、その厚い生地の上からでもわかる。明らかにいつもとは違う感覚が自分に襲いかかっている。
——なんだ……?
肩から腕にかけて、なにかが乗っかっているような妙な感じ。サラサラ、チクチクと俺の肌を刺激する。
見当はついている。でも怖い。目を
——はあ……。
思わず声にならないため息が漏れる。どうなってんだよ。
でも……まだ、まぶたをあけないことには分からない。自然と肩が震える中、ついに目を開く。
——なんでだよ!
心の中に、とびっきりの絶叫が響いた。
そこにあったのは、サラサラとなびく綺麗な自分の髪なのだ。それも、銀髪ロングの。
これって女性のものだよね……? マジでどうなってんだよ。
俺は男のはずなのに。
それに、もう一つ違和感があるし。
目が良くなったんだ。俺は酷い近視だったはずだから、こうして眼鏡なしでモノが視えるはずもない。
それがどうだ。今やクリアな視界が手に入った。
ほんと、どうなってんだろうね……。
——はあ。
本日二度目のため息が出た。
なんか……まるで自分ではないみたい。
——自分ではない。自分じゃない。
自分って何?
本当に今の自分は自分なの?
頭の中で反響するうちに、なんだか不安になる。
「えっ……?」
今日初めて声を発した。吐息なのか、言葉なのかよく分からない小さな感嘆だった。
でも、確かに自分じゃない。そう実感させるに十分な声。
透き通った、かわいい女子の声——
不安に駆りたてられて、思わず顔を上げる。
そして今の自分の長い髪、顔のほほをなでてみた。
——もしかして……もしかして……!?
頭はすっかり冴えた。
パッと立ち上がって鏡に向かって走る。ワンルームの部屋をスキップする。ドタドタと音が鳴る。でも、下の階の住民への迷惑なんて今はどうでもいい。ただいまの最優先事項は、一刻も早く洗面台に到達すること。
鏡の前に立てば——
「はぁ……?」
これが……本当に……俺……?
反射するは、自分じゃなかった。俺とは似ても似つかない姿で——。
それとも誰かと入れ替わった、とか? いや、それはないはず。そもそもこの種族は、地球上に存在しないはずだから。
大きな眼、幼げな小顔、曲線美を魅せてくれる美しき八頭身のスタイル。
人間じゃない事実を主張する一番の特徴は、長くとがった耳。
鏡の前には、ぶかぶかのジャージを身に着けた銀髪エルフ娘が立っていた……! 俺のカラダは、作り替えられたんだ。
……胸は、なかった。
◆
これが俺のカラダに起こった出来事のハイライト。
いや、マジでどうなってんだよ。
エルフになるんだったら、さっさと異世界にでも送ってくれたらよかったのに。
朝食で肉や魚を食べられないパターンのエルフだと知った。エルフは森林で暮らすのが定番だから、野菜や果実を食べなさいってことか。それとも、単純に生を受けたものの接種を禁じられたのだろうか。
肉や魚を口にしたくても、今のカラダではただただ不味い。体が受け付けてくれないから自然と遠ざけたくなる。理不尽。
でも大好きなコーヒーはオッケーだったからよかった。
え、エルフの寿命? いやだ、そこは怖くて考えたくない。
トイレも苦労した。もう……思い出したくないよ……。
この直後、しばらく大学に着て行く服装で悩んだ。
まず第一に長い耳を隠したかった。銀髪は最悪染めたことにしておける。
とはいえ、この耳は別。悪い意味で目立つ。SNSで晒されたらバズること間違いなし。それは嫌だ!
だからキャップで隠すことにした。
幸い? なことに男の頃はチビだったから、エルフになった後も大きめの服ならごまかせる。小さいからね。理不尽。
こうして俺のその日の服装は、オレンジのニット帽、明るい青色のパーカー、ぶかぶかのズボン? ——パンツ? サンダルとなった。思いきり男子だった頃と同じようなチョイスだ。でも、そういう服しかないからしょうがないじゃないか。
大学に登校したら、小学校の頃からの腐れ縁にこの急変がバレて「ファッションセンスみみょー」ってバカにされたし。うるさい。あと"みみょー"ってなんだよ。うざ。やっぱ、めっちゃ理不尽。<完>
TS短編集 TAMA-CHAN @TAMA-CHAN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます