第2話(暮六つアルペジオ)

 放課後は、校舎の屋上と相似だとおもう。

 金色の視界は、いつでもわたしを形作ってしまう。だからわたしは放課後が好き。嫌い。

 夕闇、外階段の踊場であの子とタップダンス。傘は雨を隠し、朦朧とした意識の中、やっとの思いでゆめうつつへと踊り出た。真白まん丸のお月様を食むことをやめられはしないで、金平糖の四十八角全てを未知の外へと追いやって、わたしは今日もニル・アドミラリだ。

 街はわたしをあざ笑う。縫い付けられ輪郭を成してしまったわたしの女の子の形、は、もう見ていられないほど、耐え難いぐらい醜く、さもしく、かなしくて、いっその事もう夜のかみさまになってしまえたらいいのに。でもね、わたしはきっと助けを求めることはしない。だってそうしたところで表されるものなんてたかが知れていて、ポップな色したプラスチックみたいな媚びが浮かび上がってきて、誰も彼も砂糖みたいに溶けてしまって、救えない。いやらしくなってしまうのなら、ビー玉の透明を見つめている無垢な生き物を気取ってた方がましだと思うのさ。

「そうかな」

「そうだよ」

 愚かな行方を舌で呪う、軽薄な音楽を聴覚に詰め込む、そうして彷徨い果てるわたしの足元に滲むのは昨日の残滓、過ぎ去ってしまった真昼の金星、後片付けを誰かが忘れてしまったように白々しく転がっている。眩暈。いつか笑い飛ばした日々の名残を吟遊して歩くだけの、根も葉もない過失を蹴り飛ばしてほしい。

 わたしはね、あなたに、ずいぶん背負わせてしまったね。今更必死に赦しを請うけど、淵は愈々身を拡げてわたしが零落してくるのを待っている。とうに背中は真黒に染まってしまったというのに。

「なにを、見ているの」

 鼻の先に染み付いた微温い記憶の怠惰を振り切りながら、重い足を引きずり引きずり、春の方へ。不意にざらりと耳元で髪の毛が揺れる。一々鋭敏な五感が煩わしい。そうしている間にも色彩はどんどんちぐはぐになってさ、これはちょっと、よくない、ちかちかする。ああ、

「眩むの。手をとって」

「信じてないくせに?」

 ほんとうはたくさんのうそを抱えているんだよ、嘘だけどね。だから見破って。わたしは見破らないで、知らぬふりをしてあげよう。

 全部隠して。空が青いんだから、電信柱が高いんだから、わたしの嘘もあなたの嘘も全部飲み込んで。ほら白鯨がぽっかり浮いているよ、かれは冷蔵庫に分身がいるんだよ。なんにも見ないまんま軽やかに終わりにして欲しかったのにな、けれど叶わぬ願いを彗星に祈るほどわたしはもうかわいくない。残念だけど。すっかり気力をなくした不自由の身は関節だけがビスクドール、落ち葉も咲かないから。

 シュノーケル、あなたはどんなふうに鳴くのですか。夕暮れはみっつ数えてから追いかけるのだと、わたし、あなたにだけこっそり教えました。

 乾涸びた街に鱗は哭いて、湖の底に沈んだ角は褪めて、幾多の地平線を飲み込んで呻いている。うっかり咲き乱れた勿忘草が吼えて、けれどその残響はどこにも染みこむことはなかった。安寧を朝霧に預けてきてしまったから、驟雨を吸い上げるはずの草木の根っこも、砂漠の砂も、もうどこにもないんだよ。夢幻はどこかへきえてしまったよ。

「そうかな」

「そうだよ」



「おなまえは?」

「…たかかず」

「字は?」

「貴重の貴に、数字の一」

「じゃあきーちゃんだね」






 嘗て灰色、初めに出会った全ての終わり。

 それで、随分と経ったようだ。

 白昼、宇宙のしっぽ、星海は始まりを迎えた色をして、この部屋の青に音を添えている。きみは死体みたいで、存在は川のように涼しくて、薄いタオルケットにくるまれて胎児のようにカーテンの揺らめきを黙って甘受している。

 超えた夜を重ね重ね、明滅する道を辿って行ったら、どうしてこうなってしまったのだろね、最早わからないけど。

 からから残る哀色のドロップ、取り出して頬に隠し持ったって、それはきみを撃ち抜ける弾丸にはならないんだろうから、おやすみなさいを何度繰り返しても石畳を走る金色の電車はもう二度と迎えには来ないんだから。キスしよう、微熱が綻びるようなしどけないキスを。そしてせめて目を閉じて安直に歌を凍らせていよう。

 だいじょうぶ。

 わたしたち、正しく道徳を愛せない。

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