第5話

 その知らせがあり、裏付けが取れたのは、こちらの準備が万全に整った時だった。

 塚本伊織いおりの報告に、河原かわらたくみは大きく唸り、鏡月はあからさまに舌打ちする。

「何で、よりによって、今日?」

 頭を抱え込む巧は、先程やって来て、ある報告をした中肉中背の男を睨んだ。

「あんた、もしかして、これを知ってて、葉太さんをあの人と行かせたんですか?」

「順番が、逆だ」

 噛みつかれた高野信之は、静かに返す。

「あの二人を見送った後、あの人が絡んでくると知って、今ご報告に伺ったんだ」

 巧の言う「あの人」と、信之の言う「あの人」は、別人だ。

 だが、どちらも同じ様な脅威であることには、変わりなかった。

 これから行う、とんでもない茶番を行う上では、特に障害になり得る二人だ。

「……緑から、志門君が持って来た、知らせの内容を聞きました」

「お前らの秘守義務、薄っぺらすぎないか?」

 顔を顰めた鏡月が苦言する先には、静かに座るセイがいた。

 さっきまで散々優に体中をいじくられ、別な意味でへとへとになっている。

 これから行う動きを頭に浮かべていて、その問いには答えない若者に変わって、信之が答える。

「古谷家から、こちらでのお仕事の事は聞いています。ので、恐らくは口止め不要と若も考えて下さったのだと、承知しているんですが……」

「……シュウレイさんの頼みは、奥田秀人という男の妻子を、あの家から引き離す事だけだ。後は、おまけ扱いだな」

 無感情に、セイは言い切った。

「そのおまけを成功させるために、腕によりをかけて磨いたら……お兄様、どうしましょう?」

 最後の作業をしていた優が、溜息と共に兄に呼び掛けた。

「そうだな、後は、茶番をより茶番化するために、あのシュウレイと言う女が用意した物を、仕込む」

「そのどうしよう、じゃありません。これ、ちょっと……」

「言うな。こいつの父親の事は、知っているだろう?」

 思わず反論する妹を制し、鏡月は真顔で言った。

「ちょっとやり過ぎた位、仕方あるまい。加減が分からなかったのは、こいつの不浄が原因なんだからな」

「私のせいか? 水浴びるだけの生活が、何かの原因になり得るのか?」

 無感情な問いかけに、優は額を抑えた。

「何百年、そんな生活だったの? 時々は、丹念に体は洗いなさい。いくら匂いが薄いからって、汚れないって事はないんだから」

「でも、下手に石鹸で洗ったら、その匂いがつくでしょう? そうしたら、鼻の利く連中に居場所が知れる」

「誰も、お前からシャボンの匂いがするなど、思いつかんだろう。こいつらが話さない限りは」

 急に振られた伊織が、我に返って慌てて頷いた。

「勿論です。今回あのお二人に気付かれてしまっても、問題ありません。石鹸にはいろいろな種類がありますので、匂いも多様にあります」

「ですから、もう少し頻度を上げて、そのお姿を拝見させてください」

 続く信之の切なる言葉に、セイは思わず眉を寄せた。

「今のも、間違いなく日本語だからな。恥ずかしい事を、言い出すんじゃないぞ」

「……いや、そこまで馬鹿じゃないけど」

「それに、石鹸を使わなくても、あかすりで磨けば、汚れだけ落ちてくれるから。毎度、磨いた時だけこんなことになるより、いつもこういう感じの方が、周りも嬉しいと思うわよ」

 鏡月の先回りに顔を顰めた若者に優が言い、その肩を叩いた。

「はい、完了。殆ど化粧なしの工夫で、ここまで出来るなんて。良い素材だわ、あなた」

 離れた女に礼を言い、セイはゆっくりと待っていた者たちを振り返る。

 思わず感嘆の声を上げる伊織に、準備中に読んでいた報告書を返し、改めてまじまじと見つめる信之を見返す。

「あんたの方の案件の証拠も、間違いなくあの邸内にあるんだな?」

「ええ。奴は別宅を持って、余計な不審を抱かれるのが不安だったようで、突発のものでない限りは、あの邸内で行っていたようです」

 突発のものも、疑いはあるがあの男が関わっていると言う、明確な証がない。

「どうにか、外に漏れる騒ぎを起こそう。少しの事で誤魔化せない程の、大きな騒ぎを」

 民間人も見過ごせないような騒ぎで、警察の手を入れる。

 外からの闖入者は、今迄の事を考えると、騒ぎにすらならない可能性がある。

 だから、まずは、家内に入り込む必要があった。

「……水谷の様に、仕事で侵入するのが、一番簡単なんだがな」

「信用されるまでが、永いけど。その後は調べ放題。でも、今回は、身の危険が半端ないものね」

 信用される前に、飲み込まれてしまいかねない。

 だからこそ姿で篭絡し、男が呆けている間に、証拠を調べ上げる手を考えた。

「……あの、本当に、姿だけで、篭絡できるのですか?」

 それが、伊織の最大の心配で、信之も同意見だ。

「聞けば、あの奥田と言う男の息子にも、身の危険があったとか。若には、その危険はないのですか?」

「ないよ。心配ない」

「そう、ですか?」

 妙にあっさりと言われた事より、その後ろで露骨に顔を顰める鏡月の姿を見て、思わず訊き返してしまった。

 セイ自身が危険と思っていなくても、周りから見れば充分危険な事なのだろう。

 だが、それを本人に指摘できない伊織は、疑いながらも頷くしかない。

 同じ心配をしている信之は、それをおくびにも出さずに、立ち上がった若者を見上げた。

 そろそろ、動き始めなければならない時刻だ。

「じゃあ、行ってくる」

 軽く告げたセイは、仰ぎ見る二人の男を見下ろした。

 その目は、少しだけ複雑な色を浮かべている。

「……くれぐれもそれ、祭壇に飾るようなこと、するなよ。年末の挨拶時に、確認するからな」

「わ、分かりました。大丈夫です。皆に周知させます」

 念を押されて詰まりながらも、信之はしっかりと頷いた。

 先程、セイの姿を、携帯のカメラに収めた。

 今日、惜しくも見ていない知人たちに、その写真を焼き増しして贈る心算なのだ。

 伊織がついつい、引き伸ばして祭壇に飾りますと口走った事が原因で、当のセイから釘を刺されてしまったのだった。

「……何とか、秘かに飾りたい気分ですが……見つかったら、全ての家の写真を回収された上で、風呂の炊き出しに使われそうですね」

 セイを見送りながら、伊織が残念そうに呟く。

 信之も深く頷きながら、携帯電話の記録に収まった姿を見下ろした。

 出て行ったセイは、体中を磨き上げられて少しの化粧を施されていたが、服装はいつも通りだ。

 先程、信之が訪ねて来た時は、服装まで変えられていて、その時の姿が記録に収まっていた。

 自分たちの反応がひどすぎて、着替えを余儀なくされたが、代わりに化粧をして俗っぽく仕上げた姿が、先程の完成形だ。

「……さっきの姿じゃあ、篭絡以前の問題になりそうだったからな。逆に相手がどうなるか、見て見たかった気もするが」

 二人の様子と、セイが変身する様子を見守っていた巧が、珍しく傍観者目線で冷静に言うと、その二人には睨まれ、鏡月は黙って首を振った。

「その手段は、もっと別な、難しい相手に取っておきましょう」

 後片付けをしながら、優が全員を宥めるようにそう言い、時計を一瞥した。

 そろそろ、増谷家で開催される、奥田しゅうの誕生パーティーが、始まる時刻だった。


 突っ込みどころが多いパーティーが、幕を開けた。

 会場に入ったエンと葉太を迎えたのは、同じ立場の新人護衛数人と、元々から仕える護衛たちだった。

 緊張して身を固くする新人たちを、下心見え見えの目線で見つめる護衛達に軽く挨拶してから、知らず固まって立ち尽くす新人たちの方へと近づく。

 三階建ての三階部分にあるこの部屋は、どの方向からも夜景が楽しめる、透明度の高いガラス窓が張られているが、その光景を楽しむ余裕がある新人も、その光景に感動する住人も、ここにはいない。

 会場内のテーブルには、既に料理や飲み物が並んでいるが、誰も手を付けていない。

 自由に飲み食いして主人を待つように言われ、この部屋に案内されたのが自分達だけでないのなら、やはり警戒しているのだろう。

 それを見守る先輩護衛たちに、苛立ちの様子がない所を見ると、それも予想済みの反応と言う所か。

「まあ、主人が来て、音頭を取られたら、口にする振りも難しいからな」

 乾杯の音頭で飲み物を取り、飲むか否かを見守られていては、雇われた側からすると、飲まないわけにはいかない。

 エンが小声でそう言うと、新人仲間と葉太が揃って顔を顰めた。

「酒が苦手、というのは、理由にならないですか?」

「ならないな。アルコールだけ置かれてるわけじゃ、ないからな」

 大体、このパーティーは、十代に満たない子供の誕生を祝うと言う名目だ。

 見た限りソフトドリンクも、炭酸系から清涼水まで揃っている。

「その飲み物全部、怪しいよな」

 小さく呻いていた新人が、嘆いた。

「ミイラ取りが、ミイラになりそうだ」

「そうだな。長くかければかける程、こっちが危うくなる」

「どうする?」

 小声での新人同士の会話に、エンはおやっと振り返った。

 同じように振り返った葉太が、得心したように頷く。

 隣にいる男に、小声で告げる。

「似たような目的で敢てここに来た奴ら、のようですね」

 裏で活躍するこの家の主の所業は、他の地の者にも伝わっている。

 それでも、こうして敢てやって来る者が後を絶たないのは、物事を楽観しているか、取り込まれても構わないと言う趣向の者か、怪しいと感じてどこからか派遣されてきた者か、いずれかの人物だろう。

「……仕事の一環なら分かるが、趣向が似ているからと来る奴も、いるのか?」

 小柄なその新人は、鳥肌を立てている。

「良かったな、お前、一番狙われやすいぞ。今回は、女の雇用がなかったようだし」

 その男の相棒らしき長身の男が、冷ややかに笑うと、鋭く睨んで返した。

「ふざけんな、オレだってな、こんなこと引き受けたくなかったんだ。なのに、あんたが……」

「これで、修繕費が只になるんだから、いいだろう?」

 しれっと言う男に、小柄な男はぐっと声を詰まらせた。

「……くそっ、あんたに捕まったのが、運の尽きか」

 何やら面白い事情がありそうだが、その事情よりエンは別な言葉に引っかかり、つい笑ってしまった。

「? どうしました?」

「いや、ここの求人募集を知ったら、飛びつきそうな人がいたなと。世間に疎い人だから、こんな案件を知る事はないだろうが……」

 エンはある人物が、まさにこの新人と同じように、修繕費を作らなければならない事を思い出していた。

 どこかの壁を罅まみれにしてしまった女は、この数か月金策に走っていて忙しいようだった。

 ここの報酬を分けて貰えるのなら、少しはその足しになるだろうかと、そんな事を考えている時に、空気が引き締まった。

 この家の主が、会場に顔を出したのだ。

 後ろに続くのは、長身の女とまだ幼い男の子だ。

 女の方はこの場がどんな場か分かっているのか、戸惑って辺りを見回す少年を部屋の中の大人たちから、それとなく隠すように立った。

 その様子を見たエンが目を細め、次いで隣に立つ葉太を見た。

 見返す男も、呆れ顔だ。

「……」

 胸を反らして演説する男を見ながら、上司になるのか先輩になるのか、男に従う護衛達をそれとなく観察し、一つの結論に達した。

 世の表舞台に立ち、人々を先導する者には、大きく分けて二つの特徴がある。

 正確には、もう一つあるのだが、これは例外中の例外だから除外だ。

 一つはカリスマと呼ばれる、抗いがたい人を引き付ける何かを持った人物。

 もう一つは、同じ考えを持つ者に担ぎ上げられ、行動の責任を一手に押し付けられた人物、だ。

 前者は自覚して責任をも背負う覚悟を持っているが、後者は無責任なまま、煽て上げられるままに、完全に手玉に取られる。

 後者の質の悪い所は、手玉に取り始める面々が、元々は全く面識がない場合が多い事だ。

 細々と始めた悪行に賛同し、それを崇め始めるのが、自分の過去を知らない者たちだと言うのが、煽て上げられた者の自信の増長を早める。

 増谷大吾は、どちらかと言うと後者だなと、エンは判断した。

 もし、何かのきっかけで警察が捜査に踏み切った時、ここにいる護衛達は、早々に増谷を見捨てる事だろう。

 悦に入った演説の内容と、それを聞き流しているのが明白な護衛達が、そこまで予想させてしまった。

 問題は、警察が踏み込む前に、あの子の身に危険が及ぶ、という事だ。

 そう思いながらも、エンは勧められるままに前に会ったグラスを手にした。

 仕事中と言う事で、烏龍茶を選んだが、この中に盛られているだろう何かを思うと、このまま飲むのは躊躇う。

 だが、そんな新人たちの心境に構わず、主人は見た目通り耳障りのいい声で、音頭を取った。

「では、新しい仲間と、わが息子の新しい未来を祝して、乾杯!」

 勢いよくグラスを天井に掲げる大吾につられ、全員がグラスを掲げた時、それは侵入して来た。

 下座の方の窓ガラスが、外側から勢いよく蹴り割られたのだ。

 驚いて警戒する家内の者たちの前で、侵入者は綺麗な立ち姿で優雅に一礼した。

「お招きはありませんでしたが、どうかご容赦ください」

 優しい女の声がゆっくりと言い、部屋の者たちに微笑んだ。

 ざわつく室内で、葉太が顔を引き攣らせて隣を見た。

 見られたエンは、それを見返すことが出来なかった。

 いつも無造作に結わえている黒髪をなびかせ、その女は優しく微笑んでいる。

 その先には、主である増谷大吾がいた。

「ある方の命で、あなたのお命を、戴きに上がりました」

 優しくなまめかしいその笑みに、ふやけた笑顔を返した男が、その言葉の内容を理解して我に返る。

「な、何だとっ? どこの……」

「さあ。ご自分の胸にお尋ねくださいな。そちらに辿り着くまでの間なら、考えられることでしょう?」

 小さく首を傾げて答えた女は、その瞬間動いた。

 ほとんどの者の目には、女がその場から消えたように見えたが、実際は静かに移動しただけだ。

 移動して、上座に近い護衛達の中にいた。

 目の前に立った女を見止めた時には、鋭い一撃を食らった後で、玄人であるはずの護衛達は一瞬で倒れ伏した。

 新人たちが、突然の襲撃に反応できない内に、指示を出す者たちが全て倒されていた。

 大混乱の中、女は余裕で目的の人物に近づいていく。

「ま、待てっ」

「ええ。まずは、あなたが愛してらっしゃる子から、先にこの世から送り出しますので、それまでは待てますよ」

 大吾が命乞いの言葉を吐く前に、女は頷いておもむろに手を伸ばした。

 その先には、内縁の妻に守られている九歳になる子供がいる。

 が、その手が子供に届く前に、女が突然飛びのいた。

 飛びのいた後に残った大吾の顔に、どこからか投げられた焼酎瓶が直撃する。

「……ああ、結局、雇い主を傷つけてしまったか」

 穏やかな声が、静かに言った。

 女が飛びのいた先で振り返り、視線の先で歩み寄って来る男を見止める。

「……え、何で……」

 優しい笑顔が、僅かに引き攣ったように見えた。

 焼酎瓶の直撃を受けた主人を介抱すべく、秘かに上座に動きながら、葉太は女の心境を察していた。

 それは驚くだろう。

 どんな経緯での襲撃かは分からないが、まさかその倒すべき者の中に、この男がいるとは思いもしなかったはずなのだ。

 エンは母子を庇うように立つと、女を見つめて穏やかに笑った。

「随分、奇妙な場所で会いますね、ミヤ?」

 男はそんな言葉を、唯一の弟子である雅に投げかけていた。


 何度か奥田公子きみこと会い、話し合った結果だった。

 普通に雅が接触しても、正直増谷大吾の興味を引くとは思えない。

「だから、よく映画であるだろ? 反発する女を、手籠めにする男の話。あれを参考にしようと思う」

「……どういう映画を見てるのよ、あんたは」

 母の力ない突込みは無視で、雅は自分ができそうな計画を発表した。

「まず、派手にパーティーの会場に侵入して、主力の護衛を黙らせる。私は、あの男が大事にしているだろう子供を攻撃するように見せるから、あなたは身を挺して止めて欲しい。そして、私を捕まえるんだ」

 捕まえられた雅は、男に反抗的な態度をとりつつ興味を持たせるのだ。

「寝室に連れ込まれたら、成功って事です」

 その計画を聞いた二人は呆れていたが、雅は真剣だった。

 正直言って、正攻法で誰かと張り合うのは、無理だ。

 だがこの方法なら、邪魔な奴らを排除した後で、男に近づいて何とか目的を達成できる。

 問題は、子供の誕生祝の席に集う、新たな護衛達だった。

 まだ、被害者でも加害者でもない彼らが、突発の侵入者にどう動くかが心配の元だったが、身近な手強い連中が絡まない限りは、何とかなるだろうと楽観していた。

 なのに、どうして、よりにもよって……。

 この男が、目の前にいるのだ?

 雅はそんな事を思いながらも、穏やかに笑う男にいつもの笑顔を返す。

「本当だね、エン。君は、もしかして、そのゲス野郎の、護衛としてここにいるのか?」

 護衛として来た者が、どんな目に合うのか、知っての事なのか。

 暗にそう尋ねる優しい笑顔を見返すエンは、全く揺らいでいないように見えるが、一瞬だけ狼狽えた。

 言葉の端々に、棘が見え隠れしていた。

 しかし、水谷葉太と一緒の所も気づいているだろう雅が、敢てそう尋ねた事で、逆に女の方の後ろめたさも察せられ、エンはそれを静かに指摘した。

「あなたの方はもしかして、お金欲しさに、子供まで手をかけるつもりで、ここに来たんですか?」

「いけないかな? 流石に子供を苦しませる気はないよ? こちらの事情が分かっているなら、引いて欲しいな」

 優しい笑顔を浮かべたままお願いと言う形で言う女に、穏やかな笑顔のまま首を振り、エンは答えた。

「オレも、一度受けた仕事を、知り合いと敵対する程度の理由で、辞退する程子供じゃないんです。申し訳ないですが、あなたが引いてくれないのなら、全力でお相手しますよ」

「そう?」

 長身で物静かな雰囲気の美女と、優しい顔立ちの男が立ち尽くしたまま静かに会話しているが、内容が……。

「え? これ、何の話し合いだ?」

 雅に素通りされた新人の、小柄な男が小声で混乱を口に乗せると、相棒は冷静に答えた。

「……一流の何か同志の殺し合い直前の煽り文句の応酬、だ。滅多に見れない奴だ。良かったな」

 目を剝いた男の耳に、優しい女の声が届いた。

「反目しちゃったのなら、仕方ないか。こういう事もあるよね。君とは一度、本気で向き合わないとと、そう思っていたし」

「そうなんですか、奇遇ですね」

 腕を回し、指の感覚を確かめながら言う雅に、エンも穏やかに返した。

「オレも、一度、あなたの実力を、確かめてみたいと思っていたんです」

「え、エンさん?」

 耳を疑った葉太が顔を上げた時には、始まっていた。

 世にも恐ろしい、師弟の仕合が。

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