第6話 奴隷商は 居心地が悪い
お礼を言って換金所を出ようとしたメイベルに、フロルも護衛用の奴隷を買うよう勧めてきた。
正直言ってメイベルは、侍女にすら世話をされた事がない。
「…ひとりじゃ……ダメなのかな」
母が亡くなってから、ずっとひとりで生活してきた。
さすがに食事は本宅へもらいに行ったが、他の事は自分でできる。
(あれ? 食事って……作った事ない)
いささか衝撃の事実だ。
あれこれ考えあぐねているうちに、目的の店を行き過ぎるところだった。
王都の平民街では、服を売って服を買うらしい。
宿屋の受付にいた老婦人から、服を買うなら古着屋しかないと教えてもらった。
勧められたのは、小綺麗な洋服店だ。
表のワゴンに、とても古い布切れが盛り上げてある。
店の中は、吊るした服が性別と年齢で分けられていた。
身体に合いそうな男物の列から、シャツやズボン、ベストなどを選ぶ。
これから寒くなるのを見越して、内側に毛皮加工したローブも引っ張り出した。
旅の間は洗濯も難しいと思い、多めの服とタオル代わりの布も大量に買う。
おかげで結構な荷物になった。
仕分け用の麻袋もたくさん買い、清算を済ませながら整理する。
このへんは母の躾で、迷いなく仕分けできる。
清算台の横の籠に、カラフルな小石が入っていた。
旅で使う石鹸らしく、泡立ちは少ないが汚れはよく落ちると説明された。
これも七色を買い、使い残った石鹸を入れる保存袋も買った。水漏れしない優れものだ。
思わぬ収入があると、人は気が大きくなる。
買った後で反省した。
小さい荷物は背負い鞄へ。大袋四つを下げて、一度宿屋へ帰る。
店員に、
帰る途中で、大荷物を背負う怪力少女とか、囁く声が聞こえた。
(背負ってないよ)
とても目立ったのは失敗だ。気をつけよう。
さっそく宿で、男物の服に着替える。
ぴったりしたレギンスに膝下丈のズボンを履き、裾は黒龍の長靴に押し込む。
買ってきた長袖のアンダーシャツの上から、鎧下の分厚いベストを着て、皮の胴鎧を重ねた。
これで胸と背中、腰周りはカバーできる。
幅広の剣帯にナイフの鞘を鎖で留め、小型収納のポーチを通す。
ポーチには風見の弓と静寂の杖、銀貨の小袋やタオルなど、雑貨を入れた。
指なしのグローブをはめた時、邪魔になった形見の腕輪と象牙の腕輪を、上腕まで移動しておく。
薄いローブの上から、全部の荷物を入れた背負い鞄を担いで、不備がないか確かめた。
宿に荷物を残すのはまずいと、囁きの
簡単に不安が膨れあがり、魔道具を使う便利さが、良いか悪いか迷うところだ。
屋台の通りで、パンと焼肉を買って昼ごはんにする。
なんの肉か知らないが、香ばしくて美味しい。
初めてする歩きながらの食事に、少し興奮した。
(奴隷かぁ……見るだけでも、良いかな。知らないで過ごすのも、ねぇ…)
口に出さなくなった独り言が、頭の中ではしゃべり放題だ。
(ずっと気になりそう。見るだけでもいいよね……行ってみよう)
食べ終わった包み紙を丸めて、ポーチに仕舞う。
奴隷商は、王都の北側。貧民街の手前だ。
街並みが古ぼけてくる辺りで、他とは違う大きな建物が古い教会の隣にあった。
(教会の となり? 奴隷商が? )
なんとも言えない風景だと思った。
扉は両開きで、片方が開いている。
恐る恐る覗いてみると、中は案外と明るい。
「いらっしゃいませ。ご用件は、奴隷の購入でしょうか」
正面のカウンターで、絶世の美女が微笑んでいた。
出るところも引っ込むところも、大変に素晴らしくて、同性のメイベルでも目のやり場に困る。
「シャロウィンの奴隷売買所に、ようこそ。さぁ、お入りください」
若々しい声だ。
「店主のランと申します。どのような奴隷を、ご希望ですか? 」
商品を扱うような言葉にかなり違和感を持つが、奴隷は商品だ。
愛想よい対応に忘れていたが、冷やかしは嫌がられる。
「あの、見るだけでも、構いませんか? まだ、決心がつかなくて……」
ついオドオドと腰が引けて、消え入りそうな情けない声が出た。
「はい、結構でございますよ。ご希望の条件を伺います」
女性の雰囲気に、気を悪くした様子はなさそうだ。
いっぱい条件を付けて、該当する奴隷がいなければ、仕方がないだろう。なら、遠慮はしない。
「えっと、料理ができる。旅のお供なので、強い人。わたs…わたしを守ってくれる人。気を使わなくても良い人……くらいです」
「かしこまりました。こちらにお越しください」
ひとつだけソファーを置いた部屋に案内されて、待つ事しばし。。
五人の男女を連れたランが、部屋に入ってきた。
「まずは女性から紹介します」
いちばん右からだが、全部が人族だ。
聞けば国内での取引に、異民族の売買は禁止らしい。
連合国家で、人族国はアスラットだけ。他は
各国の体面やら力関係やら、色々とごにょごにょと、店主は言葉を濁した。
まずは中年の元冒険者の女性。
料理もできるしランクも中級。ただし、男を巡って殺傷事件を起こした。
ちょっと怖い。却下。
元専属侍女。
主人を守るのに、主人の婚約者を張り倒したらしい。
こちらを見下してくる目線が痛い。却下。
次、とっても怖い筋肉質の元騎士。却下。
なんだか優男で、薔薇を背負っている貴公子? う〜ん、却下。
(おおぅ、だいぶん怖い)
最後の奴隷は年齢が父くらいの、拳闘士だった。
「お客様、いかがでしょう。どの奴隷も料理に護衛、寡黙でございますよ」
確かにね。でも、すごく怖いよ。
「すみません。ちょっと考えたいです。後日でも良いですか? 」
「はい、もちろんです」
奴隷はもう良いかと、さっさと逃げ出した。
なんと言っても、メイベルを見るギラギラした目が。。
思い出すだけで、神経がギスギスする。
宿へ帰る道の両側に様々な屋台があって、思わず片っ端から買い漁った。
最後にパン屋の前を通ったら、焼き立てパンの匂い誘われて、これでもかと買ってから後悔する。
人気のない路地で、大量の食料を背負い鞄に仕舞った。
もう買わないと決心したのに、生活雑貨屋の前に飾ってあった食器が可愛くて、思わず籠に入った野外セットを買ってしまった。
いけない、自制心が壊れている。
買わない決心が、食料品の商店通りで破綻した。
これから行く開拓地には、商店などないだろう。
小麦や野菜の種は必須だし、薬も調味料も、鍋釜だって売っていないに違いない。
小心者で価値観の常識が欠ける者に、自由になるお金を持たせてはいけない。
はっと我に返ったメイベルは、思い出せないくらいの買い物をしていた。
(どうしよう……
早く宿に帰って、自分を取り戻そう。
駆け出したメイベルは、宿屋が見える通りに踏み出して、固まった。
(あれ? お義母さま? と、義姉さま方? )
宿の前で言い争っているのは、いつの間にかメイベルを捨てて、屋敷から居なくなった父の家族だった。
『逃げよう』と、囁きの
(よし、逃げよう)
あの家族に関わって、良い事など何もない。
どうやって宿を探し出したか知らないが、もう利用されるのは勘弁願いたい。
回れ右をして、近くの門へ歩き出した。
「王都を出よう。なんだか危ない気がする。二日分の宿代が、もったいないけど」
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