第5話 換金所で びっくり

 止まり木の朝は早かった。

 すでにテーブルは満杯で、カウンターもひとつ空席が残っているだけだ。


「となり、いいですか? 」


「…ぁ、いいとも」


 気の良さそうな商人だ。なんだか気持ちの良い香りがしたような、気がする。


 部屋を出る前に、囁きの耳環カフスと支えの腕輪を装備し、黒龍の長靴を履いてきた。

 専用の靴下も靴幅も足にぴったりで、なおかつ足の指が開くので心地よい。確か靴音もしなかった気がする。

 今更ながら、魔道具って凄いと思った。


「おはようございます。朝のメニューは一種類ですが、スープのお代わりは言ってください。すぐにお持ちしますので」


 さっぱりした根野菜のスープに、厚切りベーコン。表面はカリカリだ。

 角切りトマトの甘辛ソースを掛けた、ふんわりオムレツ。新鮮なバターの焦げた匂いに、お腹が鳴いた。


(これ、ダックルの卵? うわ、濃厚)


 焼き立て厚切りトーストに食材を乗せて、思い切りかぶりつく。


(うぉぉぉ、美味しい〜)


 これほどの食事は、生まれて初めてだ。

 乙女の体面を忘れたメイベルは、スープのお代わりまでした。


(し・あ・わ・せ…)


 食後のお茶を楽しみながら、聞こえてくる客の話に耳を傾ける。


 幾つかの行商人が隊を組んで、王都を出発するようだ。

 行先は、東の山脈を越えたウィンザード王国らしい。

 始まりの遺跡を経由した砂漠の旅だと聞こえる。

 メイベルとは正反対の方向だ。

 どうやらこの中には、メイベルが行く西への商隊はいない。


(そうよねぇ、そんなにうまくはいかないか。開拓地だし、物資の輸送隊くらいは、いると思ったけどな……服を買いに……いや、換金場所ってあるのかな? )


 ちらほらと人が残る食堂を出て、受付にいた老婦人に、延長で二日間の宿泊を頼む。ついでに服屋と換金できる店、開拓の相談ができる場所も聞いた。


「開拓の相談って、あまりお薦めしたくないねぇ。開拓団のギルドはあるけど、荒くれ者の集まりだし、お客さんなら良いように言いくるめられて、娼館か奴隷商に叩き売られそうで……懐に余裕があるなら、しっかりした奴隷を買うほうが、安全ですよ」


 なんとも恐ろしい返答がきた。

 確か奴隷制度は重犯罪者の罰則だった筈。

 犯罪奴隷が安全とは、とうてい思えない。


「そうですか。ありがとうございます、考えてみます」


 とりあえずは、教えて貰った換金所へ向かう。できるだけ準備は整えたい。

 今、お金に替えられるのは、鍵を通していた鎖だけだ。

 材質は分からないが、首に掛けておヘソまで長さがある。


(できるだけ高く買ってもらいたいけど…)


 換金所へ行く通りに、集会場のような建物があった。

 厳つくてにおいそうな男たちが、たむろしている。

『近づくな』と、耳元で囁かれた気がして、足早に通り過ぎる。

 流し見た入り口の上に、開拓団ギルドの文字が見えた。


(危ない……気がする? )


 ちょっと危機感……雰囲気が悪すぎた。

 教えられたままに路地を曲がり、正面に並ぶ二つの換金所の前で立ち止まる。


 右は古くて草臥くたびれた店。左は小綺麗な新しい店。

 どう見ても古い方は胡散臭いのだが、耳元で囁く感じが、胡散臭い方を薦める。


(こうなったら直感よね。ダメなら運がなかったと、諦めるしかないわ)


 建て付けの悪い扉を押し開け、埃っぽそうな店内に入る。

 探るように見回した店内は、意外と綺麗だった。

 すぐ前にカウンターがあり、初老の男が値踏みする目でメイベルを見上げていた。

 心から後悔したくなる、人相の悪さだ。


「……買い取りを、お願いしたいのですが」


 頷いて、対面の椅子を顎で勧められたが、正直言って逃げ出したい気分だ。


「これ、なんですが……幾らくらいに? 」

 なりますかと、言えなかった。


 鎖をカウンターに置いた途端、まん丸になった目とびっくり顔に、腰が引けた。


「そ、それ! &$#><! 」


 大声に思わず立ち上がったメイベルのローブを掴み、意味不明の言葉を続ける店主。

 反射的に逃げ出そうとして、硬直したメイベル。

 ようやく落ち着いた店主が、肩で息を吐いた。


「……すまん ちょっと、落ち着こうか…」


 落ち着くのはそっちだと言えずに、腰が抜けて椅子に尻餅をつく。

 父に似た小心者の性格が、心底憎い。


「あんた、これの価値を知っていて、換金に来たのか? 」


「…え、かち? 」


 口から飛び出しそうな心臓に、頭が沸点だ。


「ちょっと待て…」


 カウンターを回って扉に鍵を掛けた店主は、元の位置へ座ると背後の棚から水差しとコップを取り出す。


「お互いに、頭を冷やそう…」


 震えて溢しながら注いでくれた水を、メイベルはチビチビと飲み。店主は一気飲みで空けた。

 盛大に吐いたため息に、飛び上がるメイベル。その様子を見て、店主が頭を振った。


「わしはクランダ換金所の店主で、フロルという。あんた……いや、嬢ちゃん。これをどこから持ってきた? 失礼だが、あんたのような娘が持てる代物じゃない」


 色々と失礼な物言いだと思うが、見掛けが見かけなので仕方がない。

 この鎖も混ぜ物の多い赤金に見えるのだが、かなり高価な物なのだろうか。。


「……母の形見です」


 店主の疑わしげだった表情から、険しさが取れた。

 逸らした視線が彷徨った後、今度はしっかりと目を合わせてくる。


「その……すまん、疑った」


「いえ。 買い取って頂けますか? 」


 妙な雰囲気になったが、買取拒否されてはメイベルが困る。


「半分…いや、三十セルセンチだけ、譲ってくれ。それ以上は金が足りない」

 潰れそうなくらい草臥くたびれた店だから、資金繰りが厳しいのかと納得して、了承する。


「白金貨で三十枚。小袋も付けよう……輝珠貨きじゅか三粒が良いなら両替商で…」 


「は? さんじゅう……ぇと、はっきん? 」


 頭の中がおかしい。


(えっとぉ、銀貨十枚で金貨が一枚…金貨十枚で白金貨が一枚でしょ? 白金貨三十枚? 銀貨で何枚? 何日くらい宿屋に泊まれるのかしら……)


 途中から計算を投げ出したメイベルだ。

 結局は使いやすいように、フロルが両替商へ行き、銀貨三千枚にして渡してくれた。

 百枚づつに分けた小袋を背負い鞄に仕舞っていると、メイベルを見る目が「こいつ大丈夫か」と言ったような気がした。


 目の前で魔道具を使い、鎖の輪を緩めて、きっかり三十セルセンチ取り除き、残りを綺麗に繋ぎ直してくれた。


「今更だが、絶対に他人には見せない方が良い。紅鉱ヒヒイロカネなんて、そこらの王侯貴族では持っていないからな。わしは鑑定眼の技能スキルを持っている。わしと同じ技能スキルを持っている奴は少ないが、いないわけじゃない」


「え……はぃ」


 そういえばそんな技能スキルのスクロールを使ったと、気がついた。ただ、最初から自分で鑑定しても、結局は換金に来るのだから同じだった気もする。


「ご助言を、ありがとうございます」

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