第4話 下準備です

 貴族街から抜けるのに、検問所があった。

 身分証を求められ、さっそく開拓民の身分証カードが役に立つ。そしてアグリット家の事情が、風の如く広まったのを思い知った。


 汚い虫を見るような、門衛兵の早変わりに感心する。ただ、職務に忠実なのか、質問には答えてくれた。

 とてもとても、冷たい対応ではあったが、ありがたい。


 貴族街の門を抜けると、一帯に大きな屋敷が並んでいた。

 門扉に紋章がないことから、裕福な平民の屋敷かもしれない。などと思いながら、呑気に歩いて行った。


 実際は下級官吏の屋敷街だが、初めて見るメイベルには分からない。

 単純に、王都だからお金持ちが多いのだと納得した。


 延々と下った先は、すっかり暗くなった大通りで、すでに足がジクジクと痛み出している。

 途方に暮れても助けは無い。

 世知辛い世の中だと諦めて、大通り沿いに教えられた方向へ歩きだした。


 屋敷の敷地内で暮らしていたため体力は少なく、いい加減に宿屋へ着きたいと泣きが入る。

 足が浮腫むくんで、細身の靴が拷問具に思えてきた。


 ようやく宿屋街に着いた頃には、酒場を併設した店しか開いていなかった。

 宴もたけなわな喧騒が、表通りまで丸聞こえだ。


 仕方がないと、マシな宿を探して再び歩き出す。

 行けども行けども、宴会真っ盛りで。。

 なんだか投げやりになって来た。

 もう、どこでも良いから入ろうかと目を上げた先に、簡素な宿屋の看板が見え。。


(系列店、止まり木……ぁ、ここだ)


 素っ気ない門衛兵のひとりが教えてくれた、ちょっと値の張る安心の宿。

 庶民なら知っていて当たり前の常識や価値観が、今ひとつ発達していないメイベルには、ちょっと張る値段が如何いかほどか分からなくて、怖いものがある。


「でも、良かった。まだ開いている」


 上半分が飾り硝子の扉を押し、狭い受付ロビーに踏み込んだ。

 真正面の壁は小さなカウンターで、向かって左に上への螺旋らせん階段があり、灯りの漏れる右の扉からは食器の立てる音やざわめきが聞こえてきた。


「いらっしゃい。食事ですか? 泊まりですか? 」


 落ち着いた声に誘われて、メイベルは足を引きずり歩き出した。


「両方ともで、お願いします。一泊で、お幾らでしょうか」


 帳簿をこちらに向けて、ペンを差し出す老婦人が、チラとメイベルの顔を覗き込んだ。


「素泊まりで銅貨六枚。朝夕の食事付きで銀貨一枚が、止まり木の共通価格です。お部屋にお持ちするお湯は、別途で鉄貨五枚いただきます。お嬢さん。いや…坊ちゃんのほうが、安全ですね。洗顔用のお水は無料ですので、裏の井戸を使ってください。庭の奥にトイレもありますから、一度確認してくださいね」


 それとなく囁いてくれた助言に、黙って頭を下げる。


「お食事は、部屋のほうへお持ちしましょうか? 」


 よほど疲れた顔をしていたのか、労わってくれた。


「いぇ、荷物を置いてから、降りてきます」


 一泊分の料金を払い、部屋番号の札が付いた鍵を受け取る。

 螺旋階段を登る時、ひどく窮屈に感じて、少しばかり目が回った。


 階段を登った二階の端が、メイベルの部屋だ。

 向かい側にも部屋の扉が並んでいる。

 入ってすぐにベッドがあり、その対面に荷物置きの棚があった。

 ベッドと棚の間。真正面に左右へ寄せた縞のカーテンが垂れていて、締め切った真っ暗なガラス窓。

 ほんのりとした灯りは、天井の魔石灯だ。

 それだけの部屋が、安心感を呼ぶ。


「寝るだけだもの……こんなものか」


 とにかく、今夜の宿は確保した。

 明日のことは、ゆっくり考えよう。

 適当に背負い鞄を棚に置き、ローブを着たまま食堂へ降りた。


 踝までのローブなら、下がワンピースでも支障がない。

 髪の短さで、男の子に見えるかもしれない。

 明日の朝一番で、服を買おう。


 入った食堂は半分ほど埋まったテーブルを避け、カウンターの隅に座る。

 注文を取りに来た娘に鍵を見せて泊まり客だと言えば、満面の笑みで料理を運んできた。


 よく煮込まれた野菜スープと、皮がパリパリの鳥のソテー。

 もう一品は、酸味の強いソースを程よく絡めた葉野菜の下から、身の厚い蒸し魚の切り身が出てきた。

 最後は、たっぷりの蜂蜜をかけて焼いた、オグニルのデザート。

 塩気が効いた平べったいパンにトロトロ果肉を乗せれば、最高の甘味になる。


(疲れが吹っ飛ぶ…おいしーい)


 締めは甘さを抑えた林檎酒シードルを選び、口の中をさっぱりさせる。

 これだけの食事で、銅貨三枚は安い。

 就寝用の炭酸水を貰って、二階へ上がった。

 念のため鍵を掛けたドアノブに、結界の魔法陣を刻んだペンダントを吊るす。


「【安らかなる眠りを守れ。封陣ロック】」


 こうすれば、部屋全体に侵入防止の結界が張れる。

 やっと落ち着いて、メイベルは持ち物の確認を始めた。

 ベッドの上に、鞄の中身を取り出してゆく。


 背負い鞄の引っ掛け式の蓋を開けば、覗いただけで中身の閲覧はできるが、手に取って確認すると実感が湧く。


「ワァォ… 皮の防具だ。長杖にナイフ、これ黒龍の長靴? 膝上まであるよ……こっちのポーチの中は…腕輪バングル耳環イヤーカフス? ぅう…ひょっとして、ぜんぶ魔道具だよね」


 習得したての鑑定技能スキルで見れば、どれも魔法付与がされていた。

 それほど強力な付与ではないが、ほんの少し能力の嵩上げをしてくれる。

 たとえば、握り込める筒状の道具は、魔力を込めると弓になる。

 込めた魔力で発現した弦を引けば、風属性の矢が実体化した。

 ただし、これは弓術の熟練度レベルを上げるまで、使い物にならないようだ。

 名前は、風見の弓。


 シンプルな木の長杖は、持ち手の部分が真銀ミスリルで、芯に黒龍のひげが使われている。

 一度魔力を流せば、解除するまで隠密効果と結界を張るようだ。

 優れものだが、やはりランクは低い。

 名前は、静寂の杖。


 耳環イヤーカフスには悪意察知と道標みちしるべの付与が付いていた。


(囁きの耳環カフスか。道標みちしるべって、地図? マッピングって何かな)


 象牙色のシンプルな腕輪は、熟練度レベル技能スキルの習得を、ほんの少し底上げする魔道具だ。

 名前は支えの腕輪。

 捻り無くそのまんまだ。


 黒龍の長靴は身体強化と跳躍を補助してくれるが、やはりどの魔道具も、地力を上げてこそ有益な能力を発揮する物だった。


 剣帯に通すポーチは小型収納。容量はベッドがひとつ入るくらい。

 ここに身分証やら身の回りの雑貨を入れれば、いちいち背負い鞄を下ろす手間が省ける。

 ついでに財布代わりの小袋と魔道書も入れておく。


 皮の胴着と鎧下の厚いシャツ、肘まである柔皮の指なしグローブも、背負い鞄に戻した。

 とりあえず、黒龍の長靴はベッド横に出して、ポーチは頭元に置く。


(はぁ、落ち着いた……これで眠れr…)


 くたりと横になった途端。

 メイベルは、夢も見ない眠りへ転がり落ちた。

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