使者



月が綺麗ですね。隣からそう聞こえた。優しげな笑みを浮かべた女性だった。彼女は銀のネックレスをそっと撫でて、誰かに呟いていた。



貴方に会った日も、こんな月夜だった。貴方も私も一目惚れでしたね。貴方が言ってくれたから、私は返した。本当に死んでも良かったわ。

貴方は私をぎゅっと抱き締めてくれた。心臓の音がすっごく早くて、私びっくりしたのよ。でも、私も同じぐらい、きっと早かった。嬉しかったもの。


貴方がこれをくれた時、ほんとは私、すごく安心したんですよ。あぁ、私が言ったこと、覚えててくれたんだ、って。貴方はあの時、私の言葉に賛同したようには見えなかったから。

指輪はなんだか縛られているみたいで嫌だ。ふふ、今思えばとんだ我儘ね。そのせいで、私は貴方とちゃんと結ばれる事は無かったんだもの。ほんとに、ただの我儘だわ。


……縛られていれば、良かったのかしら。貴方に、縛られていればそれで……良かったの、かしら。


ごめんなさい。貴方を守れなかった。ただ、隣に居たいだけだった私を、許してください。生まれ変わったら、次もきっと、貴方のもとへ行くわ。


次は、我儘も言いません。

貴方だけの鎖で、縛っていて。



にこり。一層美しく微笑んで、彼女は飛んだ。




次の仕事は、廃ビルの中。その次は、通勤ラッシュの駅のホーム。くだらないが、それが仕事だ。


今日も自分は、死に行く者の隣に立って、ただ声を聞く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る