小さな矢
嵐の前の静けさ。絶望の為にある幸せ。素晴らしいと思う。世の中はそういう風に回っている。
水面下の戦は波すら立てない。誰にも知られず誰かが消えていく。雑魚は過程や理由など見ないで勝手気ままに囃し立てる。
上の上に飛んでみれば口煩い者達がやいのやいのと椅子取りゲームで遊んでいる。誰も自分を見ようとはしない。棚に祀り上げて神に仕立て上げて誰かを見下そうと必死に笑い繕っている。
光の裏では餌の足りない鯉が人の不幸にへばりついて食い漁る。忘れたい過去も消し去りたい感情もひっくり返して貪っている。自分が生きるために赤の他人を潰して食っている。
幸せな世の中だ。上下も裏も知らない哀れな駒は今日も幸せに生きている。
知らぬが仏。この世においては仏すら居ない。知れど知らねど地獄だ。知らなければ地獄だとすら気付かないだけで。
世の中は回っている。歯車は狂わない。ただ延々と回っている。時間に負けて壊れるまで。
・
くだらない、か。
くだらないと思うかい?でも、真理だと僕は考えてる。あくまで僕の一個人としての意見だ、無視してくれても笑ってくれても構わないんだけど。
世の中は、力を奪う者と、奪われる者。それから、何も知らない部外者。この三種類が居て、初めて成り立つんだ。ああ、この断言的な表現は僕の中での確立という意味だから、気にしないでね。
兎角、簡単に言えば、弱者強者、プラス部外者で世界は回ってる。それ以外に人間は分類されない。そして、この分類の中の割合が時折変化することで、時代が変わっていく。
いつぞやの時代、王や皇帝という名前をくっつけた者が絶対的な強者だった。欲しいものがあれば力尽くで分捕って良かったし、要らないものがあれば全力で排他して良かった。たった一、二文字の肩書だけで、彼らは世界を手に入れた。
しかし、奪われているだけの自分たちが嫌になった弱者が革命を起こした。それは結果的に成功し、絶対君主は破られた。弱者が意見を通せるようになった。
今はどうだい?ほら、僕達はいつだって不特定多数の人間に意見を吐くことが出来る。僕達はいつだって、何をするにも基本的には自由が必ず保証されていて、どんなことを考えようが、どんなことを言おうが勝手だ。
でも、僕達は強者じゃない。だからと言って、弱者に位置付けるには恵まれすぎている。僕達はどちらにも好きな事を言える。何を言えどどうなるわけでもないけど、自分の立派な立派な主張を、僕達はどちらにも押し付けることが出来るんだ。
君は、今の僕達が何処に位置すると思う?もし仮に、僕の言う部外者という分類が間違っていたとして、君は今の僕達をどう分ける?
またくだらない。君はいつもそうだね。考えたくない事からは尽く目を逸らして、簡単に切り捨てる事が出来る。ああ、勘違いしないで欲しいんだけど。僕は決して君のその考え方を否定するような意図は持っていないよ。それは君が今まで生きてきた中で、生きやすく生きるために育んできた君だけの感性なのだから。
でも、それは本当に生きやすいかい?自分が分からないことを何でもかんでもくだらないと切り捨てて、それで君の人生は豊かになるのかい?
……物騒だね。言っただろう?僕は決して君のその考え方を否定する意図を持ち合わせてはいない。単純に、君が本当にそれで生きやすいと思っているのかが気になっただけさ。
僕?僕はいつだって楽しいよ。生きやすいとは言わないけどね。どうにもこの性格と喋り口調は、他の人には嫌われやすい傾向にあるらしいから。それでもいいんだよ。僕には、僕であることを理解してくれる友人がいてくれるからね。
問いの応えを聞いてないな。どう?解答は出た?
はは、確かにこの状況で言える事じゃないかもね。けど、僕はここに居る事に不満だとか苦痛だとかいった感情は抱えてないよ。おかげで、最後の最後まで僕は教師でいられる。
君という生徒に出会えたことを、心から感謝するとしよう。誰にしようかな?
うん。そうだな。
君にしよう。
君に会えて良かったよ。この後君がどうするかは、君次第だけど。僕は君がどう行動しても、決して嘲笑や侮蔑などしないと約束しよう。約束だ。破る為じゃない、守る為の約束だ。
名前も知らない人質の僕の堅苦しい講義を、こんなに長く聞いてくれてありがとう。さぁ、君の決断を、最後の僕の目に映してくれ。それを僕の、冥土の土産にしようじゃないか。
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