第13話 うずらとお買い物−A

「あ、メアさん! お久しぶりです」


 学校帰りのメアが近所のスーパーの前を通りがかっていると夜鷹家の三女、うずらと偶然にも出会う。


「こんにちは、うずらちゃん。お買い物ですか?」

「はい! 今日はお肉の特売日なので、お姉ちゃんたちに沢山美味しいものを食べさせてあげようと思いまして」


 うずらは歳上のメアに対しても物怖じせず、まだ小学生にも関わらずメアよりも立ち振る舞いがしっかりとしていた。


「メアさんもお買い物ですか?」

「いえ、わたくしは実家からの仕送りがあるので食事には困っていませんが……ですが、今日は特に用事もないですし、立ち寄るのもいいかもしれませんね」

「だったら、私と一緒に行きませんか?」


 うずらに手を差し出されたメアはにこりと微笑んで彼女と手を繋いだ。


 ✕ ✕ ✕


「メアさん、次はこの玉ねぎをお願いします。お一人さま二つまでなので」


 うずらは玉ねぎを四つ手に取るとそのうちの二つを自分のカゴに入れ、残りをメアのカゴに入れた。


「う、うずらさん、わたくしのカゴがかなり重くなってきたのですが……」

「お会計まで我慢してください。その買い物カゴはメアさんがレジまで持っていかなくては意味がないですから!」

「ま、まさか、わたくしと一緒に買い物をしようと言ったのは……」

「お一人さま数量限定の商品をより多く買うためには二人で手分けして会計をしなければいけません。私が悩んでいたところにちょうどメアさんが来てくれて助かりました」

「わたくしはうずらちゃんの掌で転がされていたという訳ですね」

「騙していてごめんなさい」

「いえ、謝る必要はないですよ。ずっと歳下なのに家族の生活を支えているなんてすごいと思ったのです」


 メアがそう言って微笑みながらうずらの頭を撫でると、うずらは照れた顔で目を逸らした。


「あっ」

「どうしました?」

「あそこにかも姉が……」


 メアがうずらの指差す方を見ると、食玩コーナーに一人の女性が挙動不審な様子で蹲っていた。

 その女性は帽子やマスクで顔を隠しており、メアはかもめだということに気づいていなかった。


「えっ、あの人、かもめさんなのですか?」

「間違いありません。変装なんてしていますが、あれは間違いなく我が家の駄目な方の姉です」

「駄目な方……」


 末っ子にすら馬鹿にされるかもめに同情するメアはかもめと思われる女性をうずらと共に物陰から観察する。


「かもめさん、食玩コーナーで何をしているのでしょうか?」

「あの挙動不審な様子を見るに、もしかしたら、万引きかもしれません」

「万引き!?」


 メアが思わず大声を出したことで女性はビクリと肩を震わせて驚き、隠れていたメアたちに気づく。


「うずらちゃん!? メアちゃん!?」

「かもめさん! 万引きはいけません!」

「メアさん、姉がこれ以上罪を重ねる前に私たちの手で始末しましょう!」

「一体なんのことかしら!?」


 女性の正体は案の定かもめだったが、かもめは訳もわからず慌てていた。


 ✕ ✕ ✕


「私を万引き犯扱いだなんて酷いわ〜」

「「申し訳ありませんでした」」


 ため息を吐くかもめにメアとうずらは頭を下げる。

 かもめは万引きをしていたのではなかった。


「しかし、それではどうしてかもめさんはあれ程までに周囲を気にしていたのですか?」

「だって、いい大人の私が子供向けアニメの食玩付きお菓子を買っているところなんて見つかったら恥ずかしいじゃない」


 かもめの手に握られているのは日曜朝の女児向けアニメ『フリキュア』のカード付きお菓子だった。


「そもそも引きこもりのかも姉が近場とはいえスーパーまで買い物に来るなんて珍しいね」

「うずらちゃん、お姉ちゃんを昼間外に出られない吸血鬼か何かだと思ってもらっては困るわ。私だって変装さえしてご近所さんに見つからなければ外出くらいするわよ」

「でも、変装してまで買い物に来るくらいなら、ネットで注文すれば良かったんじゃ……」

「この前アマソンでゲームを衝動買いしたら、ひばりちゃんにものすごく怒られて一ヶ月間アマソン利用禁止になっちゃったのよね」

「そう言えばそんなこともあったね」

「アマソン? ネットで注文?」


 かもめとうずらが身内だけにしかわからない話で盛り上がる中、機械に疎いメアは会話に出てきた単語すら理解出来ていなかった。


「そういう訳だから、私はこれを買って帰るわね」

「かもめさん、一箱丸々買うのですか!?」

「これが大人の買い物よ。子供のあなたたちには出来ないでしょう? 因みに支払いはカードで一括よ」

「何の自慢にもならないし見ていて恥ずかしいから止めようね?」


 かもめはドヤ顔でケース買いをしようとしていたが、そこに小さな女の子が一人やってきた。


「ふりっきゅあ! ふりっきゅあ!」


 どうやら、女の子はフリキュアのお菓子を探しに来たらしい。


「あれ〜? ふりきゅあがない〜。いつもここにあるのに〜」


 かもめは咄嗟に持っていたフリキュアのお菓子を背後に隠す。

 女の子は先程までフリキュアのお菓子があった空間を見つめて涙目になっていた。


「かも姉……」

「かもめさん……」


 かもめはうずらとメアからゴミを見るような目を向けられ、顔から滝のように汗を流す。


「はあ……お嬢ちゃん、フリキュアのお菓子ならここにあるわよ」


 耐えかねたかもめが隠していた箱を女の子に差し出す。


「わあっ! ふりきゅあだ〜! おねえさんありがとう!」


 女の子は箱からお菓子を一つだけ抜き取って嬉しそうに駆け出していった。


「かも姉、こういうのは一個ずつ、だよ」

「…………はい」


 かもめは母親に手を引かれる子供のようにうずらに連行された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る