第11話 かもめとお留守番−A
土曜日、学校が休みとなったメアはお隣の夜鷹家を訪ねる。
「あらあら、ごめんなさい。ひばりは今日、朝からバイトで夜まで帰ってこないの」
「そ、そうですか。こちらこそお邪魔して申し訳ありませんでした」
メアは玄関先でひばりの姉のかもめからひばりが不在であることを聞き、残念そうに自分の家へ帰ろうとする。
「そうだ! メアちゃん、せっかくだからうちにあがっていかない?」
「へ? いいのですか?」
「ええ。うちは貧乏だからあまり良いお菓子は出せないけど、お茶で良ければお付き合いしてくれるかしら?」
「は、はいっ! お邪魔します!」
メアはぱっと顔に微笑みを浮かべてかもめに頭を下げた。
✕ ✕ ✕
「緑茶をどうぞ。今はうずらも買い物に行っているからこの家には私とメアちゃんだけなのよ」
「ありがとうございます」
メアは正座でちゃぶ台の前に座り、彼女の対面に座ったかもめが二人分の緑茶を運んできた。
陶器のコップに注がれた緑茶はほかほかと湯気を立てており、色は何故か緑茶であるはずなのにほとんど透明に見えた。
「では、いただきま――あれ? これってただのお湯?」
「いいえ。ちゃんと緑茶よ。これまで十回くらい使ったティーバッグで淹れたものだけど」
「もう出枯らしじゃないですか!」
「ごめんなさい。この前はひばりが初めて家にお友達を連れてきたものだから奮発していただけなの。あのおもてなしは初回限定版なのよ」
「つまり今日のおもてなしは通常版ですか!?」
メアからツッコミを食らうが、かもめは笑って誤魔化した。
「ところで、メアちゃんはひばりとどんな風に知り合ったのかしら?」
「えっと、恥ずかしい話なのですが、わたくし、ここに来たばかりの頃、犬に追いかけられたことがありまして、ひばり先輩にはその時出会ったのです」
メアはひばりと出会った日のことをつい最近のことであるにも関わらず、まるで遠い昔のことのように思い浮かべた。
「そうだったのね。メアちゃんも外国から来たばかりで大変よね。出身はこの日本からすごく遠い国だってひばりからは聞いているわ」
「あっ……そうなんです! だから、この国の文化とかも詳しくなくて、この前もカラオケの使い方がわからなくて大変なことになりました」
メアはひばりの家族にシアが魔界の出身だということは言っていない。
メアが学校で魔界のことなどをペラペラと喋っていたのを知ったひばりが、メアにこれ以上無闇に自分の正体を明かさないように言いつけたのである。
ひばりが自分の家族にメアの正体を隠しているのは自分の家族を面倒なことに巻き込みたくないからであった。
「それはそうと、かもめさんって確か小説家さんなのですよね? わたくし、小説は昔から大好きなのです」
「そ、そうかしら? 私は小説家といっても投稿サイトに応募しているだけのアマチュアよ?」
「投稿サイトというのはよくわからないですけど、小説を発表しているというだけでも憧れてしまいますよ! かもめさんの作品を読ませていただくことは出来ますか!?」
「ええっ……そんなに読みたいのなら構わないけれど、なんだか恥ずかしいわ。ちょっと待っていてね」
かもめはスマホを弄って小説投稿サイトの自作品ページを開く。
「これは最近連載を始めた私の新作小説『下着怪盗アナルセーヌ・ルパンツ』よ!」
「……………………はい?」
「『下着怪盗アナルセーヌ・ルパンツ』よ!」
「(い、今のは聞き間違いでしょうか? かもめさんのような大人の女性が下着とかパンツとか連呼するはずが……)」
「読んでみる?」
「ありがとうございます。……しかし、わたくし、このスマホという機械の使い方がよくわからないです」
「それなら、私が内容を朗読してあげるわ」
メアは嫌な予感がしたが、もう手遅れだった。
「ドォン! ドォン! チュドドドドドドッ! 銃声が鳴り止まぬ夜の摩天楼を下着怪盗アナルセーヌ・ルパンツが駆け抜ける! 『ハハハッ! その程度の鉛玉、私に当てられるものなら当ててみろ!』 ルパンツは四方八方から降り注ぐ銃弾の雨をひらりと躱してとある煉瓦造りの橋の手すりに降り立つ。『私はここで華麗に去らせてもらう。今回のお宝「エリザベス女王のTバック」もいただいたことだしな』 しかし、ルパンツの背後にある川の中から、何者かが現れた。『罠にかかったな! 我が宿敵、怪盗ルパンツ! 今日こそ、この名探偵エロルック・ショーツが貴様を捕まえてくれる!』 ショーツはスカート型のパワードアーマーを展開して警官隊と共にルパンツを挟み撃ちする。『こうなったら、私が編み出したとっておきの拳法「脱衣裸王拳」を見せてやろう!』 かくして、二人の青年は熱く滾った魂をぶつけ合い――」
「あっ、もう大丈夫です! それ以上は結構です!」
朗読がヒートアップするかもめをメアは慌てて止める。
「えー、これからが燃える展開なのに……」
「なんといいますか……その……独創的なお話を書くのですね」
「そうでしょう? 私、才能があると思わないかしら? 昔、ライトノベルの新人賞に小説を送ったことがあるのだけど、最終審査直前まで行って、文章力以外は高い評価をもらえたことがあるのよ」
「(というか、ライトノベルって何でしょう? かもめさんは落ち着いた雰囲気的に純文学小説でも書いているのかと思っていたのですが……)」
メアがふと気づくと、かもめはどうしたのか暗い表情になってため息を吐いていた。
「……だけど、この頃あまり面白いアイディアが思いつかないのよ」
「それはスランプというものですか?」
「そんな大それたものじゃないけど、家に引きこもってばかりいると小説のネタがなくなってくるのよ」
「気分転換なら散歩などされてはいかがですか?」
「散歩なんてしていたら、近所のおばちゃんたちの間で私が妹に扶養されているニートのくせにふらふらと遊んでいるって噂をされてしまうわ!」
かもめは青ざめた表情で頭を抱えてガクガクと震える。
「わ、わたくしに出来ることがあればお手伝いしますよ?」
そんなかもめを見ていられなくなったメアは彼女を気遣ってそう申し出るのだった。
「えっ……ええっ!? メアちゃんがお手伝いしてくれるの!?」
「はい! こうしてお茶もご馳走させていただいたのですし、何かお礼がしたいです」
「むむう。ありがたいけど、お手伝いといっても……」
考え込むかもめだったが、すぐに彼女は何かをひらめいたような顔をする。
「ほ、本当に頼んじゃっていいのかしら?」
「いいですよ」
「じゃあ、今からお姉さんにパンツ見せてもらってもいいかな?」
「……………………え゛っ?」
かもめの『お手伝い』はメアの想像の斜め上を行っていた。
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