第9話 メアとカラオケ-A
「あっ! ねえねえ! 夜鷹さん!」
ある日、ひばりが昼休みに廊下を歩いていると二人の女子生徒がひばりに話しかけてきた。
「……ん?」
呼ばれたひばりは振り返るが、話しかけてきた二人たちには心当たりがなかった。
「ちょっとしたお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
「そもそもあんたら誰?」
「あんたのクラスメイトだよ! ほら、私が穂波でこっちが美咲!」
「ああ、クラスメイトね。……クラスメイト?」
ひばりは二人をまじまじと見て頭をひねる。
「あなた、クラスメイトの名前、覚えていないんじゃあ……」
「自慢じゃないけど、あたしはクラスメイトの名前を誰一人として言えない」
「本当に自慢にならないけど!?」
「はあ……別に私たちの名前は知らなくてもいいよ。元々、あなたに声をかけたのは合コンに誘うためだったし」
「合コン?」
ひばりは怪訝に感じて口をへの字にする。
「そうそう。私たち、今日の放課後に隣町の高校の生徒たちと合コンするんだけど、向こうが三人でこっちはあと一人が足りないんだ」
「そこで、合コンとか得意そうな夜鷹さんに助っ人として来てもらえないかと思って」
「ふーん。悪いけど、今日あたしこれからバイ……じゃなくて、家の手伝いがあるんだよね」
ひばりはバイトと言いかけて慌てて言い直す。
「家の手伝い? 夜鷹さんの家って自営業とかだったっけ? そんな話、聞いたことないけど」
「(やばい……怪しまれてる。でも、こいつらにバイトをしていることがバレたら、どこで教師にチクられるかわからないしなあ……)」
「ふん! 家の手伝いなんて、嘘に決まってるでしょ! どうせ夜鷹の場合は放課後毎日彼氏と遊びまくってそれが学校に知られたくないだけだよ! 美咲、こんなの放って行こう!」
穂波は美咲の腕を掴み、不機嫌そうな様子でひばりの前から去っていった。
「……彼氏なんて、一度もいたことがねえっつーの」
ひばりは二人に聞こえない小さな声でそう呟いた。
✕ ✕ ✕
その数分後、メアは二年生の教室がある階までやって来てひばりを探していた。
「(ひばり先輩の教室はどこなのでしょう? 二年生なので、この階のどこかにひばり先輩がいるはずなのですが……)」
メアが空腹で鳴るお腹を擦りながら、ふらふらと歩いていると、目の前で二人の女子生徒が何やら話している様子が見えた。
「それにしてもどうするー? このまま二人で合コンする?」
「そうすると向こうが一人余ってちょっと可哀想なことになんない?」
その二人の生徒は喋り方などが、どことなくひばりに似ているように感じる。
「もういっそ合コンなんかバックレない? 元はといえば、言い出しっぺの奴が急用で来れなくなったからこうなったんでしょ」
「そんな〜。私は今回こそ彼氏をゲットするために新しい服まで用意したのに……」
「彼氏が欲しいのは私だって同じだ。それに今回の相手は隣町の高校のサッカー部。聞いていた話だとかなりのイケメン揃いらしい。お付き合い出来れば、私たちもリア充の仲間入りだ」
「だったら、尚更参加しない理由はないじゃん! どうにかして一人誘おうよ〜!」
「でも、そんなこと言ったって他に誘える知り合いなんて――」
「『合コン』って何ですか?」
その時、二人の間に目を輝かせたメアがニュッと現れる。
「うわあっ!? あんた誰!?」
「わたくしはナイトメア・アスモデウスと申します。失礼ですが、今のお話をもう一度聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
✕ ✕ ✕
「それでは、これより深奥高校と秀麗高校の合同コンパを始めまーす! 皆さん、グラスを持ってカンパーイ!」
「「「カンパーイ!!!」」」
穂波の乾杯の合図に合わせて、六人の男女が一斉にグラスをぶつけ合う。
穂波たちの合コンは深奥高校からやや離れたカラオケ店の一室で行われた。
「か、かんぱーい」
その中には緊張でガチガチになっているシアもおり、メアは慣れない合コンのノリに気圧されて一人だけ乾杯が若干遅れる。
「いや〜、それにしても助かっちゃったよ。あなたが参加してくれなかったら合コン開催出来なかったもん」
美咲はメアにそう言って乾杯したばかりのジュースを一口飲む。
「い、いえ、わたくしは感謝されるようなことはしておりません。ただ、合コンというものに興味があったのです」
「うーん? 言っていることがよくわかんないけど、アスモデウスさん……だっけ? とにかく、私たちにとってあんたは救世主みたいなもんだから、今日はじゃんじゃん食べていきな! お金は私たち先輩に任せときなさい!」
「ありがとうございます! 穂波さん! 美咲さん!」
無事に合コンが開催出来たことで気前が良くなった二人の上級生に席を挟まれたメアは手に持った自分のドリンクをぐいっと一気に飲み干した。
「ぷ、ぷはぁ〜」
「おっ! メアちゃん、いい飲みっぷり〜!」
グラスから口を離し、大きく息を吐いたメアに男子の一人がそう言って拍手をする。
「ちょっ、アスモデウスさん目を回してない!? 間違えてビール頼んじゃった!?」
「いや、この子が頼んだのは確かオレンジソーダだったけど!?」
穂波と美咲は混乱したメアを見て困惑した。
メアの緊張はすでに限界寸前。
お見合いのようなものを想像していたシアは生まれて初めて体験する合コンのノリに開始早々ついていけなくなっていた。
「ねえねえ、メアちゃんってサッカー好き?」
「メアちゃんって可愛いね。これまで何人くらいの人と付き合ったことがあるの?」
男子たちはそんなメアにお構いなく質問攻めをする。
「ご、ごめんなさ〜い。アスモデウスさん、今はちょっと体調悪いみたいなの〜」
しかし、美咲がそう言ってメアを庇うように男子との間に割って入る。
「その子ばっかりじゃなくて私たちともお喋りしようよ〜♡ 因みに私はサッカー大好き♡ エッチなことはまだしたことがない花も恥じらう乙女でーす♡」
だが、続く穂波の台詞を聞いて、穂波と美咲は自分を助けようとしてくれた訳ではなく、男子の注目を自分たちに集めようとしていただけだと気づく。
――合コンとは、弱肉強食の宴である。
男子も女子も異性との出会いを求めて獣のように互いの肉を喰らい合う。
飢えた獣たちが美味な肉を取り合うのと同じで、この合コンという場で男子たちは女子三人の中で最も可愛い者、すなわちメアに我先と襲いかかった。
穂波と美咲はそんな男子たちの行動を自分たちのアピールに利用して彼らの喉笛に喰らいつく。
シアが我に返った頃には小さなカラオケボックスが凄惨な戦場と化していたのだった。
「ひいいいいっ! 弱肉強食コワイデス……ひ、ひばり先輩、助けてください〜」
メアは涙目になってそこにいない人物に助けを求める。
「失礼しまーす。ご注文の焼肉定食一丁お持ちいたしましたー」
しかし、メアのSOSは意外な形で届いた。
「ひばり……先輩? どうしてここに……」
「あれ? あんたなんでこんなところに……」
カラオケ店の制服を着て、焼肉定食を片手に現れたのはひばりだったのである。
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