第8話 メアと初登校−B

「(焦った……危うくアリカにあたしが処女だとバラされるところだった)」


 ひばりは昼休みに学校の屋上でひなたぼっこをしながらそう考えていた。

 屋上にはひばり一人しかいない。

 その理由はこの学校の屋上が生徒立ち入り区域となっているからである。

 校則をきちんと守る善良な生徒ばかりの深奥高校でこんなことを出来るのはひばりくらいである。

 屋上に侵入すること自体は非常に簡単。

 ディスクシリンダー錠をピッキングで開けるだけである。

 鍵さえ開けてしまえば、出入りを見られて現行犯逮捕をされない限りは誰かに見つかる心配がない。

 そもそも、この区域は立ち入り禁止で警備員すら滅多に巡回しないため、鍵が空いていることが何日も気づかれず放置されることもある。


 ひばりがうとうとしていると、スカートのポケットに入っていたスマホが振動した。


「(メール? ……いや、通知か。ああ、お姉ちゃんの小説、今日が最新話の更新日だっけ?)」


 ひばりはリンクを開いて数千文字の横書き文章をスクロールして一気に読み飛ばす。


「(読むのは面倒だから後でいいや。うずらとあたしで最低2PVは入るでしょ)」


 再び寝転んだひばりは昼寝をしようとしたが、ふと、彼女の頭にメアの顔が思い浮かんだ。


「(それにしても、メアは大丈夫かな? 魔界出身とかサキュバスとか口走って変なことになっていなければいいけど)」


 ✕ ✕ ✕


 一方その頃、


「改めまして、わたくしはナイトメア・アスモデウスと申します! メアと呼んでください! 出身は魔界の六番街で、実はサキュバスなのです!」

「へぇ〜、メアさんってマカオ出身なんだぁ! マカオって何が有名だったかなぁ? チョコレートだったかなぁ?」

「それはカカオやないかーい! ところで、そのサキュなんとかって何?」

「悪魔です。人間に幸せな夢を見せる代わりに魂を奪うことなんかをします」

「何ィ! 貴様、そんな人畜無害そうな顔をしているくせに闇金業者だったとは!」

「闇金業者って何ですか? わたくし、人間界のことはまだよく知らないのです」

「わあああっ! この子の話は真面目に聞いちゃダメーっ! 昨日観たテレビ番組に影響されちゃってるだけだから!」

「闇金業者っていうのは、ものすごく高い金利をつけてお金を貸す悪魔なんだよ! 一度契約したら地獄の果てまで借金取りが追いかけてくるんだってさ!」

「契約で悪いことをしている人ならわたくしの知り合いにもいますよ。例えば、メフィストフェレスちゃんとか――」


 メアはクラスメイトの女子に囲まれて人気者となっていた。

 四月の半ばという奇妙な時期に突然外国から転入してきたこともあり、メアが注目の的となるのは必然的だった。


「将来の夢なに〜? わたしは弁護士になりたいんだ〜」

「私は海洋学者になりたい!」

「わたくしはビッチになりたいです」

「リッチ? やっぱお金持ちにはなりたいよね〜」

「いやいやウィッチだよ。メアさんって何か魔法少女とかやっていそうな雰囲気あるじゃん」


 そんな女子たちの会話を男子は羨ましそうに眺めていた。


「なあ、あのメアって子、レベル高くね?」

「でも、ビッチになりたいとか言ってるぞ」

「聞き間違いだろ。外国人だからきっとまだ日本語が上手く出来ないんだよ。あんなに清楚な雰囲気の子がビッチになりたいだなんて言うわけないだろ」


「ちょっと男子ー。何、メアちゃんをいやらしい目で見てんのよ。メアちゃんが汚れるといけないからあっちにいって。しっ、しっ」

「うっせーな。見てただけだろうが。行こうぜ、お前ら」


 男子はいつの間にかメアの取り巻きとなった女子に追い返され、そそくさと退散した。


「ホント、同級生の男子ってエッチなことしか考えていないんだから」

「私は付き合うなら大人っぽい年上の男の人がいいかな。メアさんはどんな人がタイプ?」

「い、異性の好みですか!?」


 メアは顔を真っ赤にして考え込むが、彼女の頭に思い浮かんだ人物は女性であるはずのひばりだった。


「うーん。強いて言えば、優しい人……でしょうか? 見た目は不良みたいで普段はぶっきらぼうでも、困った時は駆けつけてくれたり、たまに気を使ってくれたり……わたくしはそんな人が好み……かなって思います?」

「ステキ〜!」

「まるでその好きな人が実在しているみたいな顔で話してたな」


 一人の女子の何気ない一言にメアは核心を突かれた気がしてドキッとする。


「あっ! メアちゃんがゆで蛸みたいになってる〜!」

「まさか本当に好きな人いるの!?」


 そんなメアの様子を見て、恋バナ好きな女子たちはハイエナのように食いつくのだった。


 ✕ ✕ ✕


「(結局、昨日はひばり先輩とあまりお話が出来ませんでした……)」


 翌日の朝、メアは靴を履きながら、残念そうにため息を吐いた。

 二○二号室から出た彼女は淡い期待を込めて、となりの隣の家の玄関ドアをノックする。


「あっ、えっと、隣のアスモデウスです。ひばり先輩はいますか?」


 メアは緊張していた。

 引っ越して来た時は菓子折りを渡すだけなので緊張はそれ程なかったが、一緒に登校をしたいという誘いは断られる可能性を伴っていたからである。


「(わたくし、しつこくて馴れ馴れしい女だと先輩に思われて嫌われたらどうしよう……)」


 そんなことを考えていると、ひばりの家の玄関ドアがゆっくりと開いた。

 メアはひばりに緊張していることを悟られないように笑みを咄嗟に顔へと貼りつけた。


「あら? メアちゃんだったのね〜。待たせてごめんなさい」


 しかし、玄関に出てきたのはひばりではなく、ひばりの姉である夜鷹かもめだった。


「か、かもめさん……おはようございます」

「おはよう。ひばりと一緒に学校へ行く約束でもしていたのかしら?」

「い、いえ、そんな約束をしている訳では……」

「申し訳ないわね。ひばりは今日もバイトが忙しくて朝は帰ってこないらしいの。さっきも別の子から家に電話がかかってきて同じことを聞かれたわ」

「(別の子……アリカさんでしょうか?)」

「もし良かったらあがっていかない? お茶くらいしか出せるものはないけど……」

「だ、大丈夫です! わたくし、これから学校なので、お先に失礼します!」


 メアはいたたまれなくなり、かもめの前から走って逃げ出した。


「(どの道、先輩とは話せませんでした)」


 しょんぼりしながらメアは薄雪荘の階段を下っていく。


「(でも、昨日はアリカさんやクラスメイトの皆さんと仲良くお話が出来ました。人間界留学は少し不安でしたけど、今のところはなんとかやっていけそうです)」


 メアは故郷の家族を頭に浮かべて語りかけるようにそう考えた。


「グルルルゥ」


 だが、薄雪荘を出た矢先、どこからか現れた大型犬がメアにめがけて走ってきた。

 それはメアがひばりと出会うきっかけになった厳つい顔の犬だった。


「ひっ、ひばり先輩、助けてくださ〜いっ!」


 メアはこの日、学校に着くまでその犬に追われ続けることになり、少しだけホームシックになるのだった。

 

 

 

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