第7話 メアと初登校−A
「せんぱ〜い♡ おはようございま〜す♡」
一時限目終わりの休み時間、語尾に♡マークのついた甘えるような声が聞こえて、夜勤終わりで学校に着いたばかりのひばりは咄嗟に廊下の角へ隠れた。
「ひばり先輩、こんな時間に登校なんてお寝坊さんですね」
「にゃあっ!? メア!? いつの間に背後に!?」
しかし、ひばりが隠れた先にはさっきまで後ろを歩いていたはずのメアがおり、ひばりは思わず悲鳴をあげた。
「先輩が逃げようとするから魔術で先回りをさせていただきました。それにしても、ひばり先輩ってば、そんなに可愛い声が出るのですね」
「う、うるさいっ! バイトが終わって直行で来たから寝不足で調子が悪いんだよ!」
「ほえ? 先輩、今の今までバイトをしてたのですか?」
「そうだよ。うちの学校は校則でバイト禁止だから教師とかには秘密だけど。……くれぐれも言いふらすなよ?」
かつてない程に怖い表情でそう言ったひばりにメアら額から冷や汗を滲ませながら黙ってコクコクと頷いた。
「それでいい。あたしがバイトをしていることが学校にバレたらバイトを辞めさせられて我が家の生活費がなくなる可能性があるから、あたしは常にグレーゾーンの学校生活を送っているワケ」
「た、大変ですね……」
「出席日数は正直やばいけど、それでも明日の家族を食わせていくためには仕方のないことなんだよ。……それより、メアは今日が初登校だっけ? うちの制服、よく似合ってんじゃん。なんか気品を感じるよね」
「えへへ、そうですか? 先輩に褒めてもらえると嬉しいです」
メアは頭を掻きながら頬を赤く染めて照れた。
ひばりたちの通う深奥高校は家が比較的裕福な生徒が多く、ファッションで制服を着崩しているひばりとは逆に、シアは深奥高校のお嬢様らしいブレザーの制服をちゃんと着こなしていた。
「(うわ〜。十万円をポンとくれた辺りで薄々気づいてはいたけど、こいつ、やっぱり生粋のお嬢様だわ。いや、気品とかあたしにはよくわかんないけど。言ってみただけなんだけど)」
「見つけたわ! ひばり、また遅刻したわね!?」
その時、背後から怒鳴るような声が聞こえてひばりはため息を吐く。
ひばりにはこの声の主が一瞬で理解出来ていた。
「やあ、アリカ。おはよう」
「おはよう、じゃないわよ! 三日前、もう二度と遅刻しないって私と約束したのにもう破ってるじゃない!」
現れたのはふわりとウェーブがかかった長い金髪と澄んだ碧い瞳が特徴の人形のような少女だった。
アリカと呼ばれたその少女は腕組みをしながら頬を膨らませて怒った表情でひばりを睨んでいた。
「ごめんごめん。バイトで休んだ人の分をヘルプで入らなくちゃいけなくなって……ヘルプの時間分の給料は上乗せでもらえたからあたし的には良かったんだけどね?」
「私的には良くない! 朝、あんたの家を訪ねたのにかもめさんからまだあんたが帰っていないって言われた時の私の気持ちを考えてよね!」
「悪かったよ、風紀委員。今度からはバイトが長引いたら家にはちゃんと連絡しておくから」
「ち・が・う・わ・よっ! そもそもあんたが遅刻しなければ済む話なの! そして、私のことを『風紀委員』って呼ぶの止めなさい! それと、これは没収します!」
アリカがひばりの前髪についていた髪留めを奪い取る。
「あっ、何してくれてるワケ!? それ、この前買ったばかりなんだけど!」
「学校生活にこんな派手なアクセサリーは必要ありません。その染めた髪も本当なら補導対象なのよ?」
「パツキンが何いってんの」
「私の髪は地毛です〜っ! 生まれつきだから仕方がないじゃない! とにかく、この髪留めは私が預かります! 明日、遅刻しなかったら返してあげるわ!」
「だとしたら無理かも。あたし、今日のバイトも徹夜になったから明日もたぶん遅刻するわ」
「あんたねぇ……」
呆れた顔をしながらもひばりと仲が良さそうに話すアリカにメアは興味を懐いていた。
「ひばり先輩、こちらのお方は先輩のお知り合いですか?」
「ああ、ごめん。紹介するよ。こいつはこの学校の風紀委員のアリカ。口うるさいけどいつもあたしの遅刻とかを見逃してくれるんだ」
「言い方!! それだと、私は犯罪者を賄賂で見逃す汚職警官みたいじゃない! っていうか今の紹介何なのよ! ちゃんと紹介しなさいよね!」
ひばりに対してはぷんすかと怒るアリカだったが、彼女は咳払いをして気を取り直すと、空気が引き締まるような凛とした雰囲気を纏い始めた。
「初めまして、ごきげんよう。あなた、見たところ一年生ね。私の名はアリカ・エーデルワイス。この学校の二年生です。ひばりとは幼稚園の頃からの幼馴染なのよ」
「あっ、わたくしはナイトメア・アスモデウスと申します。メアと呼んでください。本日からこの学校に通わせていただいております。ふ、不束か者ですが、どうか今後共よろしくお願いします」
「ああ、転入生なのね。道理で顔を知らなかったはずだわ。困ったことがあったらいつでも何でも相談してね?」
上品さの滲み出た自己紹介をするアリカと対面したメアは一瞬だけ緊張をしていたが、アリカが見せた聖母のような笑みを目の当たりにすると、不思議なことに緊張は徐々に解れていった。
「カマトトぶってんじゃねーよ。いつものあんたはもっとキレッキレの切り裂きジャックみたいにブチギレかましてんだろ」
「それは大体あんたに対してよ! 私が一日に十回怒ったら、そのうち九回はあんたが原因なのよ! しっかりしなさいスカポンタン!」
「な、なるほど……つまり、お二人はそれ程気心が知れた関係ということなのですね」
「ええ。それはもう、私にとってひばりはまるで、自分のお腹を痛めて産んだ子供のように感じることもあるわ」
「その台詞は子供の一人でも産んでから言いなよ。というか、あんたが母親なら、あたしはキリストじゃん。処女懐胎じゃん」
「……ひばりさん、今の発言は少しお下品よ?」
「ちょっ、アリカ、腕を首に回して絞めようとするなって! うぐっ……待った! これ以上絞めたら手加減出来なくなるからな!?」
「やれるものならやってみなさいよ! 言葉で言ってもわからないなら、私だってたまにはこうして身体でわからせてやるんだから! というか、よくも私を……しょ、しょ、処女って馬鹿にしたわね! そういうあんただってまだ処――」
「おっと悪い! 手が滑った!」
処女、と言いかけたアリカの顎にひばりは渾身のアッパーを打ち込んだ。
アリカは舌を噛んで気を失い、泡を吹いて床に倒れた。
「キャアアアアアアアアアッ!! アリカさああああああああんっ!!」
メアは失神して白目を剥いているアリカを見て悲鳴をあげるが、暴行犯のひばりはやっちまったという顔をして、ぐったりとしているアリカのブレザーの襟を掴む。
「ごめん。取り敢えずあたしはこいつを保健室まで連れて行くからこの辺でさよならだわ。授業頑張りなよ。じゃあね〜」
そして、ひばりはアリカを床に引きずりながら去っていき、そのシュールな光景を見ていたメアは空いた口が塞がらなかった。
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