第6話 夜鷹家と三姉妹−B
「ふう。今日はバイトもしてないのに疲れたな」
ひばりは湯船に浸かって一日の疲れを洗い流していた。
二人が入るだけで精一杯の狭いバスルームは白い湯気に包まれ、入浴剤の香りがひばりの心をリラックスさせた。
「まあ、だけど、こうしてゆっくり風呂に入れるなら、案外悪くない一日だったかな」
結局、ひばりはメアに自分が処女であることを打ち明けられなかった。
メアの『ビッチになりたい』という願いをどうやって叶えるかというのは今後の課題でもあったが、今のひばりには考える気力もなくなっていた。
「……先輩、ひばり先輩、入っていますか?」
そんな時、脱衣所の方からメアの声が聞こえてきた。
「入ってるよ〜」
「そ、そうですか。……あの、一緒に入ってもよろしいでしょうか?」
「えっ!?」
「うずらちゃんが節約のためにお風呂は二人一組で入って欲しいと言っていたので……」
「ああ、なるほどね。うずらはいつもお姉ちゃんと一緒に入るからそうなるのか。お客さんに節約を強いるのもどうかと思うけどね」
「しっかりした妹さんですね。……よい、しょっと。お邪魔します」
メアがバスルームに入ってくる。
白磁のようになめらかな肌を顕にしたメアの身体はあどけない彼女の顔に反して蠱惑的に育っており、特に胸は同性のひばりでさえ思わず見とれてしまう程の大きさだった。
「わあ、なんだかほのかにいい匂いがしますね」
「入浴剤使ってんの。シトラスの入浴剤、あたし好きなんだよね」
「さっぱりした先輩のイメージにぴったりですね」
メアは風呂椅子に座って髪を洗い始めた。
一方、ひばりはシアと自分の胸を見比べていた。
「(あれはF……いや、Gはあるか?)」
「先輩? さっきから私のおっぱいをじろじろ見てどうされたのですか?」
「な、何でもないから!」
湯船に口元まで浸かってブクブクと泡を立てるひばりをメアは不思議に思って首を傾げた。
「……ところで、訊いておきたかったんだけど」
しばらくして、湯船から顔を出したひばりが唐突に真剣な表情でメアに話しかけた。
「あんたって、明日からどうするの? 泊まる場所とかあるの?」
「残念ながらまだ……家を出てきたはいいもののお金もあまりなくて、実は今日、先輩に差し上げた十万円が全財産だったりします」
「ふーん。だったら、しばらくこの家に泊まっていけば?」
「ふえっ!?」
ちょうどスポンジで身体を洗っていたメアは驚いた顔をしてスポンジを床に落とした。
「泊まる場所がなくて困ってるんでしょ? うちの家族はあんたのこと悪く思っていないみたいだし、こっちで生活するお金が貯まるまで居候させてあげてもいいけど」
「あ、ありがとうございます。……でも、わたくしはやはり一度魔界に帰って親に人間界で修行することを認めてもらおうと思います」
「そっか。親がいるんだね。確かに、親は今頃、心配してあんたの帰りを待っているのかも」
「先輩のご両親は現在どちらにいらっしゃるのですか?」
「空の上」
「なるほど! パイロットなんですね!」
「死んでんだよ」
「あっ……」
メアは失言をしてしまったことに気づき、顔が青ざめる。
「気にしなくていいよ。親がいなくなったのはもう三年も前の話だし、親がいないことを気に病んでいたりはしないから」
「で、ですが、わたくしとたことが、大変失礼なことを申しました……」
「うちは長女がニートでお金はないけど、姉妹が三人でいられるから自分が不幸だとは思っていないよ。もちろんお金は欲しいけど」
「先輩って立派な人だと思います。わたくしと歳もあまり変わらないのに一人でご家族を養われているのですから」
「止めてよ。あたしは立派なんかじゃないって。それに働くことは嫌いじゃないし、バイトは半分趣味みたいなもんだから。もちろんお金は欲しいけど」
「えっと……わたくし、もしかして今、お金を催促されてます?」
「一億円の件、しっかりと覚えているから。よろしくね」
ひばりはメアにキメ顔でサムズアップをする。
「(ひばり先輩はお金が絡むと目がちょっぴり怖いです……)」
メアはそう思いながら苦笑いを返した。
✕ ✕ ✕
「今日からお隣に越させていただきます、ナイトメア・アスモデウスと申します! こちら、魔界銘菓ポイズンスライム饅頭です! お納めください!」
三日後の朝、夜鷹家を訪ねたメアはそう言ってひばりに菓子折りを渡してきた。
「えっ? 隣? 越してきた? というか、ポイズンスライムって言わなかった?」
日曜日で学校が休みだったひばりはバイトの時間まで寝ようとしていたが、メアにノック音で叩き起こされたことで寝起きの状態で玄関に出ており、見るからに眠そうな様子をしていた。
「留学という名目で両親から人間界で暮らすお許しをもらえました! 明日からは先輩と同じ学校に通うことになりますから、学校でもよろしくお願いしますね、先輩♡ ……あっ、そのポイズンスライム饅頭は食べたら一時間くらい舌が痺れる毒が入っていますけど、味は絶品な魔界では大人気のスイーツなので、是非ご家族で食べてください!」
ひばりはこの時、これから自分の人生が大きく変わっていくような予感をした。
しかし、それがだいぶハチャメチャな人生だと、彼女はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます