第3話 メアとナンパ−A

 日も完全に沈み、街灯が明かりを灯すようになる頃、ひばりは駅の前で人混みを眺めながら思案する。


「(……とは言ったものの、ビッチって具体的に何をすればビッチになるんだろう?)」


 ひばりは男遊びをしていそうな外見をしているが、実際にそんなことはしたこともないし、男友達もいない。

 メアの目標とする『ビッチ』も定義があやふやなので、ひばりは頭を悩ませていた。


「ひばり先輩! アイス買ってきました!」


 考え込むひばりの元にコンビニから戻ってきたメアが元気な声で呼びかけてくる。


「ご苦労さん。これ、アイスの代金」


 ひばりはメアを見向きもせず、小銭と交換でソーダバーを受け取るが、メアはパシリにされていることを気に留める様子もなく、忠犬のようにひばりの隣に並ぶ。


「先輩! ビッチになるには、まず何をすればいいですか!?」

「……まあ、やっぱりセ○クスじゃないかな?」

「セッッッッッ!?!?!?」

「(あたしは経験ないけど)ビッチになりたいなら、処女のままってワケにはいかないでしょ」

「で、でも……わたくし、男性の方と付き合ったこともないので、流れとかもわからなくて……」

「なるほどねぇ。それなら、ナンパって方法もあるけどね」

「ナンパ……とは一体何ですか?」

「えっ、あんたナンパ知らないの?」

「はい。人間界の知識は最低限なら知っているのですが……」

「(参ったな。かなりの箱入りだぞ、この娘)」


 ひばりはあまりにも頼りない様子のシアを見て意を決した。


「じゃあ、あたしと一緒にナンパしてみる?」

「お手本を見せてくれるのですか!?」


 ひばりが頷くとメアは目を輝かせた。


「ナンパっていうのはこういう道の真ん中で声をかけて食事なんかに誘うことだよ。普通は男がやるものだから女のあたしらがやるのは世間一般だと『逆ナン』って呼ばれているけどね」

「いきなり知らない人に声をかけるだなんて、上手くいくのでしょうか?」

「それはやってみないとわからない。取り敢えず、あそこのサラリーマンに声をかけてみようか」


 ひばりが目をつけたのはスーツを着た四十代頃の男性だった。

 男性は仕事帰りのようだが、酒を飲んではいなさそうでバスを待っているのか一人ぶらぶらと駅前の広場で時間を潰していた。


「あの〜。すいませぇ〜ん」


 ひばりはブラウスのボタンを胸元まで外し、猫なで声を出して男性に近づいた。


「む? 私を呼んだかね?」


 男性は自分が呼ばれていることに気づき、ひばりの方を振り向いた。


「実はぁ〜。さっきこの辺で財布を落としちゃって〜。困っているんですよぉ〜」


 ひばりは地面を見渡す振りをして上体を屈ませ、ブラウスの隙間から胸元を覗かせる。


「(こ、これで合ってたっけ? なんとなくイメージでやっているけど……これ、なんだかすごく恥ずかしい!)」


 ひばりにとっては逆ナンなど初めての体験であり、彼女は内心、自分の素人芸がちゃんと出来ているかどうか気になって仕方がなかった。


「ふぅむ。交番に行ってみてはどうかね? 落とし物で届いているかもしれないよ?」

「(ちげーよジジイ! あたしはあんたを誘ってんだよ!)……えっとぉ、さっき交番にも行ってみたんですけどぉ、届いてなかったみたいでぇ」


 ――※ここから先はイメージです――


「可哀想に……今晩、家には帰れるのかい?」

「それがぁ、あたしの家って遠いからお金がないと帰れないんですよねぇ」

「ふむ。困ったなあ。それなら、君を我が家にとめてあげたいところだけど、私には妻や子供がいるし……」

「だったらぁ、あそこのホテルで一泊するってどうですかぁ?」

「いや、しかし、それは……いいのかね?」

「おじさんなら……いいよ♡」

「私には妻と子供が……」

「そんなの忘れちゃいなよぉ。一時間でいいから。あたしの友達にすごく綺麗な娘がいるんだけど、その娘も呼んで一緒に楽しみましょう♡」

「……すまない、家族たちよ。パパ間違い犯しちゃうよ」


 ――※ここから先は現実です――


「そうかい。それは災難だったね。お金をあげるから、これで帰りなさい」


 しかし、現実はそんなに上手くはいかない。

 男性はひばりに五千円札を渡すと、その場から立ち去ろうとする。


「えっ? ちょっ! こういうことじゃなくて!」

「おや? お金が足りなかったかね。しかし、おじさんにはこの金額が精一杯だよ。君が私を誘惑しようとしているのはわかるが、もうこういうことでお金を稼ぐのは止めなさい。色々とお金が欲しい年頃だろうが、こんなことをしていれば君の親御さんもきっと心配する。そのお金でちゃんと家に帰って、これからは真面目に生きなさい」


 男性はひばりにそう言って微笑むと、やってきたバスに乗っていなくなってしまった。


「先輩……逆に施しを受けてしまいましたね」


 一部始終を見ていたメアはなんとも言えない表情でひばりに話しかける。


「こ、こういうこともたまにはあるから! つ、次に行ってみよーっ!」


 メアの方を振り返ったひばりは羞恥に震えながらそう叫んだ。

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