第2話 ひばりとサキュバス−B

「それで、弟子ってどういうこと? あたしには何が何だかさっぱりなんだけど」


 夕暮れの公園で、ひばりはベンチに座るメアに缶のオレンジジュースを手渡し、メアの隣に腰掛けて訊く。


「えっと、どこから話せばいいのか……。少し前、わたくしが占いをしていたのですが、その時にあなたの姿が見えたのです。それで、わたくしはずっとあなたのことを探していました」

「占いって、馬鹿馬鹿しい。あたしをからかってんの?」

「いいえ! わたくしの占いはこの世界に溢れている紛い物とは違う魔術を使った本物です! ……だって、わたくしは魔界から来たのですから!」

「魔術? 魔界? 冗談止めなよ。面白くもなんともないから」

「本当です! 今から魔術をお見せしますよ!」

「へぇ、それは面白そうじゃん。見せてみなよ」


 ひばりはメアの言うことを全く信じていないような態度でせせら笑う。


「では、まず、わたくしはあの噴水の水を全部オレンジジュースに変えてみせます!」


 メアはそう言って、公園の中央にある大きな噴水を指差した。


「見ていてくださいよ。三、二、一……」


 カウントダウンが終わる瞬間、ひばりが瞬きをすると、いつの間にか噴水から湧き出る水は橙色に染まっていた。


「ふぁっ!? 本当にオレンジジュースになった!?」


 メアの言葉を信じていなかったひばりだが、流石に目の前で起こったことに対しては驚きを隠せなかった。


「飲んでみます?」


 メアに言われてひばりは掌ですくい上げた噴水の水を飲んでみるが、間違いなくオレンジジュースの味がした。


「な、何これ。マジで魔術じゃん。他にはどんなことが出来るワケ?」

「他の魔術も見たいですか? 例えば、缶をお金に変える魔術なんかも使えますけど」

「やってみてやってみて!」


 ひばりに急かされてメアが自らの飲み干した缶を握ると、缶はみるみるうちに沢山の百円硬貨に変わっていき、溢れた百円がシアの手からぽろぽろと落ちていく。


「これで、信じてくれますか?」

「……まあ、信じるしかないんじゃない?」


 メアは勝ち誇ったような様子で胸を張る。


「ところで、弟子になりたいとか言ってたけど、一体何の弟子になりたいワケ?」

「そ、それなのですが……」


 ひばりが尋ねると、メアは恥ずかしそうに身体をもじもじとさせ、


「わ、わたくしを……ビッチにして欲しいのです」

「……えっ?」

「わたくしはあなたのようなビッチになりたいのです!」

「えっ? えっ? えっ?」

「わたくし、実はサキュバスなのです!」


 メアは地面に跪き、公衆の面前でひばりに向かって土下座をする。


「待って待って待って待って。話がよくわからない。えっ、あんたがサキュバス?」


 サキュバスといえば、寝ている人間の男に淫らなことをする悪魔のことである。

 だが、メアがそんな悪魔だとひばりには思えなかった。


「ううっ、わたくし、サキュバスなのに昔から男性の方が苦手で、同年代ではわたくしだけまだ未経験だから落ちこぼれだと馬鹿にされてて、なんとか見返してやろうと思って人間界に来たのです」

「そっか。それで見てくれがビッチなあたしを見つけて、弟子入りしようと思ったワケか」


 メアは顔を上げてひばりに涙で潤んだ目を向ける。


「お願いです。家出同然に人間界へ来てしまったから、あなただけが頼りなのです」

「……悪いけど、そのお願いは聞けないかな。そもそも、あたしも経験なんて――」

「これならどうでしょう!」


 メアは自分の財布から札束を抜き取り、ひばりに突きつける。


「これは……」

「授業料です! 今は持ち合わせが少ないので十万円しかないですけど、これでどうかお願いします!」

「じゅ、じゅうまんえん……」


 ひばりは目の前に現れた大金に目が眩み始める。


「もしも、わたくしが一人前のサキュバスになれたら、更に一億円を差し上げます!」

「い、いちおく……」


 ひばりはゴクリと唾を飲み、一億円とプライドを天秤にかける。


 そして、ひばりが出した答えは――、


「ふっ、そこまで頼まれたらしょうがない! このあたし、夜鷹ひばりがあんたを立派なビッチにしてあげようじゃないか!」


 こうして、ひばりは悪魔と一億円に魂を売ったのだった。

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