第5話隠されていた素顔

 そんなある日、恐怖がやって来た。海の公園に見台を置き、数組の客をこなしていた時だった。一人の女性が立っていた。 


「久しぶり、元気だった?」

「あ、はい、元気でした」

 その女性は、派手目の感じで、海に浮かぶ

よの人ユキだった。

「そう、良かったわね。私の方は、貴方のお陰で大事な金蔓が消えちゃったわ。どうしてくれるの?」

「えっ?何の事か良く分からないんですが…」

「まっ、いいわ。海に浮かぶよなんて事は言わないわ。その代わり、貴方にして欲しい事があるんだけど」

「ぼ、僕に出来る事ですか?」

「貴方は占い師でしょ。貴方にしかできない事があるの」

「はあ、今は確かに占い師の格好はしていますが、占いのほうは、あまり得意ではないんですけど…」

「あたしをバカにしてるの?」

「いえ、違います。真実なんです」

「得意も得意じゃないも関係ないの。これから言う事、良く聞いて!」

「はい、良くお聞きします」

「これからする話が、上手くいかなかったら、分かるわよね?」

「(ゴクリ!)それって、海に関係してるんですよね」

「そう、浮かんだり、沈んだりね」

「沈む事もあるんですね…」

「大丈夫よ、簡単な事だから」

 へやに怒らせたりしたら大変な事になると思い、

「はい、どのようなことでしょうか??」

「明日、一人の男性を連れてくるわ。そして、二人の相性を占ってもらうの。勿論、本当の相性なんてどうでもいいの、二人の相性は抜群ですって言ってくれればいいの。分かった?」

「はい、二人の相性を占って、相性が抜群ですって言えばいいんですね」

「そう、それでいいわ。もしそこで、変な事言うようならば、分かってるでしょうね?」

「こうですね」

 手を上下に動かした。

「そうよ、頼んだわよ」


 そう言うと、彼女はコツコツとヒールの音響かせて去っていった。


 参ったな、言われたとうりに言えば、又、被害者が出てしまう。言わなければ、今度は自分が被害者になってしまう。どうすればいい?思わず天を仰いでいた。


 今日限り占い師を辞めて、明日から此処に来なければ、浮かんだり沈んだりはないだろう。でも、次の仕事は決まっていない。仕事が無ければ、生きていく事も出来なくなる。それも困る。何か良い方法は無いか、考えても考えても、良い案は浮かばなかった。仕事を早目に切り上げ、事務所に向かった。

 

 立花さんに聞いてみたらと思ったが、言う通りにしてあげれば?という答えしかないと分かったので、聞く気にもなれなかった。

 何時もは、食事時のビールが、至福の喜びを与えてくれるのだが、今夜のビールは、只の苦い水になっていた。

 ベッドに横になってからも、明日来るであろう哀れな男性の事が頭から離れず、寝ようとすればするほど、明日自分が言うであろう出鱈目な相性の話の場面が、頭の中で何回も何回も繰り返されていた。


 翌日、目が覚めても決めることは出来なかったが、辞めるという選択肢を選ぶ事はなかった。その時が来たら、彼女の言う通りにしよう。男性には可哀そうだが、仕方がない、そう思う事にした。


 事務所に向かう足取りも重たく、まるで死刑宣告を受けた囚人にでもなったような気分だった。事務所に着くまでの間、何か良い考えはないだろうか?と必死に考えていたが、

自分を納得させるだけの答えは、何も見つからなかった。

 事務所のドアを開けると、何時ものように競馬新聞と睨めっこしている立花がいた。


「はい、おはよう」

「おはようございます」

 立花は、僕の顔を見た瞬間

「ん?何か悩んじゃってるね」

「分かるんですか?」

「分かるんですか?って、僕は占い師なんですけど?仕事の事?」

「はい、実は…」

「ストップ、言わなくて良いよ。僕も随分悩んだ時があったんだよね。今は、その事がとても大きな問題だって思っているかもしれないけど、後になってみると、なあんだって事の方が多いんだよね。だから、考え過ぎずに心の赴くままに進む、それしかないね」


 いつもなら、適当な事言いやがってっと思うはずだが、何故か今日は妙に納得してしまっていた。俺の相性占いで本当に海に上下してしまうかと思うだけで嫌だったけど、そうはならないと無理矢理思い込むことにした。ほんの少しだが、心が軽くなった。偶には役に立つ事もあるらしい。

 心を決め、海のの公園に向かった。

 時間が少し早いせいか、人影もまばらだった。カップルの占いをしている時も、もうすぐ来る、もうすぐ来ると、強迫観念に捕らわれたかのように、両足が勝手に貧乏ゆすりを繰り返していた。そして、死刑判決を受けた囚人から、死刑執行を待つ死刑囚のように、静かに目を閉じていた。


 人々の話声や、笑い声、船の汽笛などが聞こえていたが、最初小さかった音が周りの音を消すように、コツコツとヒールの音が、遠くから段々と大きくなり、こちらに向かってくるのが分かった。深呼吸を一つして、その時を待った。


「ねえ、斎藤さん、物凄く当たるって有名な占い師がいるんだって、みてもらいましょう?」

「占い師?俺も一人知ってたけどね、偶には見てもらうのもいいかもね」

「良かったわ、すぐそこよ」

「こんばんわ、占い師さん」


 来たか、心を決め声を発した。


「いらっしゃい」

「なんだ、預言者さんじゃないか」

「えっ?知ってるの」

「知ってるよ、占い師と言うより預言者と言ったほうがいいかな?」

「預言者なの?じゃあ、凄く当たるっていうのは本当の事だったんだ」

 二人は派手目の感じのユキと日日新聞の斎藤だった。

「ところで、何を占ってもらうんだ?」

「二人の相性よ」


 二人の顔を見た瞬間、心の内で叫び声をあげていた。助けが舞い降りた。これで何を言っても恨まれることは無い。よっしゃ!よっしゃ!と愛想笑いでは無く、心の底から笑顔を二人に送っていた。


「お二人の相性ですね?では、これにお二人のお名前と生年月日をを書いて下さい」


 適当は事を言っても大丈夫なんだと思うと、自然に笑顔が溢れてきていた。そして、二人が書いた紙を見ていると、ある映像が浮かんで来た。それは自分が持っていたイメージとは程遠いものだった。

「斎藤さんは犬を飼ってるんですね、トイプードルですか?」

「へえ、そうだよ。よく分かったね」

「しかも、とても可愛がってるみたいですね。そして、えっ?これは本当ですか?」

「これは本当ですかって言われても、何の事だかわかんないよ」

「失礼しました。斎藤さんが、施設に慰問やら、寄付をしているという事です。本当なんですか?」

「あんた、預言だけじゃなく、占いでもやっぱり凄いな。誰にも見せた事がない顔を、見られてしまったみたいだな」

それを聞いたユキは、斎藤を見詰めながら「えっ、本当なの?」

「ああ、嘘じゃないよ」

「そして、施設の子供の誕生日には、プレゼントもしてるんですね」

「もう良いだろ、恥ずかしいからそれぐらいにしといてくれよ」

「斎藤さん、他の事も話してよいですか?」

「まあ、別に聞かれて困るような、秘密はないから、何を話しても構わないよ」

「斎藤さん、お子さんを失くしていたんですね。年齢も、まだ3歳の頃に」

 その言葉に、遠くを見るようにしながら、

斎藤が話し始めた。


「子供と一緒に散歩に行ったんだよ。俺がちょっと目を離したすきに、信号無視の車に跳ねられた。それが元で、かみさんともね。まあ、罪滅ぼしみたいなもんかな」

 その話を聞いていた、海に浮かぶよの女ユキが、何かに吸い寄せられたように、斎藤を見つめていた。


 狡賢く嫌な人間と思っていた斎藤という人間が、常に寂しさを伴って生きていたという事を知ってしまった。


 ユキに関しては、ある事ない事を言ってやろう、そう思っていた。沢山の男を騙し、贅沢な暮らしをしているに違い無い、そう思っていた。

「名前はユキさんですね」

 その瞬間、また映像が浮かんで来た。

 店長から(あの客の飲み代、どうするんだよ。もう来やしないよ!)(はい、あの人は悪い人じゃ無いんです。私が払います)


「ユキさんは、客の飲み代も払ってあげてるんですか?」

「さあて、そんな事もあったかしら」


 そして、仕事を終えると、託児所に一目散に向かい、2~3歳ぐらいの女の子、薫ちゃんをぎゅっと抱きしめ、(遅くなってごめんね)(いいよ、ママ大好きだから、ぎゅう~)そんな映像が浮かんで来た。


「ユキさんも話してもいいでしょうか」

「何か知らないけど、いいわよ」

「女のお子さんがいらっしゃったんですね、2~3歳ぐらいの」

「うわっ、失敗しちゃったかしら、まあいいわ。こういう仕事してると、人に付け込まれたりするから、お客には言わないようにしてたんだ。斎藤さんには、もう少し後でって思っていたんだけどね」

 そして、また違う映像が浮かんで来た。

「料理教室に通って、お子さんの好きな料理は全て作れるようにしたいって。今では、料理教室の先生の代わりが出来るぐらいの、料理上手になったみたいですね」

 最初思っていた印象とは、二人とも大きくかけ離れていた。

「それで、二人の相性と申しますと」

「もういいよ、二人の相性が良くても、悪くても、もう俺の心は決まってるよ」

「あ~あ、やっぱり失敗しちゃったみたいね。悪かったわね、占い師さん」

「ユキ、何か勘違いしてないか?」

「勘違い?何の?」

「俺は相性には関係なく、今日、君に言うつもりだったのさ。」

「何を?」

「何時もスマートな俺なのに、今日はポケットがやけに出っ張っているって、思わなかったかい?」

「そうね、今日何時もより少しだけ野暮ったいかなって思っていたわ」

「ポケットの中の者を出してくれないか」

「虫なんかじゃないでしょうね。私、虫は嫌なのよね」

「虫じゃないけど、人によっては、虫以上に嫌だと言う人もいると思うよ」


 そして、手の上に置かれた箱は、濃い紫のベロアの生地に覆われていた。


「中に指輪が入っている。後でお揃いを飼うから、ずっと指に嵌めていてくれないか?」

 そう言われたユキは、目頭をあつくしながら、

「うん、ずっと嵌めてる。外せって言われても外さないから」

「ごめんな預言者さん、あんたに稼がせてもらった金は、こいつに回っちまったんだ。後で何とかするよ」


 どうせ、最初からあてにはしていなかったし、二人の真の姿を見てしまった今、

「それは、お二人のお祝いにさせてもらいますよ」

「それで良いのかよ?」

「いいですよ。これも何かの縁でしょう」 

「ありがとうな、じゃあまたな」

「占い師さん、ありがとう」

「お幸せに!」


 歩いて行く二人の間に、2~3歳の女の子が、嬉しそうに手を繋いでいる姿が、見えているような気がした。

 ふーっ、一つ大きな息をついた。

 想像もしなかった結末に、眩暈さえ覚えるようだった。三人の後姿に、幸せが見えていたことに心からお幸せにと呟いていた。

 こんな幸せな気分を味わえるのなら、占い師稼業も悪くないなと思いながら、事務所へと足を向けた。


 事務所のドアを開けると、相変わらず競馬新聞と睨めっこをしている立花がいた。


「只今戻りました」

「はい、お疲れ。」

 俺の顔を見ながら、

「ねえ、一つだけ教えてくれる?」

「ん?ダービーですか?」

「流石、よく分かったね」

「どういう馬が来るかって事ですね」

「うん、うん」

「本命対抗です。3着馬は真ん中ぐらいの人気の馬です」

「真ん中って⒑番人気ぐらい?」

「はい、そうです」

「ラッキー、これで買い目は決まったな」

 立花の幸せそうな顔を見ながら、今日は2回も幸せそうな顔を見たな、と独り言ちしていた。


 遅めの昼食をとっている時、ダービーの発走をテレビで見ていた。案の定、本命対抗、そして⒑番人気で決着していた。立花の喜ぶ顔が見えていた。















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