第7話 公爵令嬢、シルヴィア・セプテンバーの話・6



「学園寮のセキュリティが心配です。彼女には、王立学園と隣接した土地に建ててある私の家に住んでもらってそこから通わせます」


 十四歳になる年。一週間後に入寮を控え、荷物を纏めていた私の元に、ハリーがいきなり現れた。まるで飼い猫のように首根っこを掴まれ、父の書斎に連れていかれる。小さな頃から行き来があったからといって、その親の前でレディを猫みたいに持つって、どうなのかしら。父は、驚くでもなく、私を見て苦笑いしている。


(ギリギリまで行動をおこさないなんて、ホント、へたれなんだから)


 王立学園に入学する手続きをする際、オクトーバー家から連絡があった。学園の最高責任者は、なんと特別に生存したまま隠居して家督を息子に譲ったノア様だったのだ。

 サファイアの君である私が、学園の寮で一人きりになってしまうのは、いくらセキュリティが万全といわれている王立学園の寮といっても危険すぎる。だから、以前から頻繁に遊びに行っているオクトーバー家の別荘から通えばいいのではという提案だった。そちらは、現在、ハリーが暮らしている屋敷だ。本家から独立し、ノーベンバー伯爵として、そこから仕事に通っている。王宮も、目と鼻の先にある土地だ。


 両家の関係は、友好だった。五歳の頃から望んで婚約者となった私は、オクトーバー家のご両親からも大変可愛がられている。私の成人を待って結ばれる事は、決定事項となっていた。うちの両親にも異論はなかった。幼い頃から、初老の紳士好きを拗らせていた私が、唯一好きになったまともな年齢の男性だ。十歳の歳の差など、可愛らしいものらしい。婚約者なんだし、もうそろそろ成人もするんだし、この際、同棲したっていいじゃない。なんなら、婚前交渉したって、避妊すれば全然オッケー。うちの母やハリーのお母様などは、そんな軽いノリで先日のお茶会で私をたきつけたぐらいだ。まだ十四歳ですけど。


 ノア様の提案には大賛成だったが、屋敷に荷物を運び込んだりする事に待ったをかけたのは、ほかでもない私だ。乙女の部分が、待てと言っていた。即ち、求められたい、と。


 入学と同時に何があっても私はハリーと同棲する。けれど、まずは、ハリーが私を求めてくれるかどうか、試したかった。最後の日まで、私は諦めないと宣言し、荷物を運び込むのを待ってもらったのだ。五歳の頃から、押しかけ女房風ではあったけれど、たまにはハリーの方から、私を望んで欲しかった。

 意外に心配性のハリーだ。ノア様と同じように、学園寮に私を入れるのは反対してくれた。ではどうするべきか。その話になると、顔を赤くして、言葉を濁す。セプテンバー家には王立学園の近所に別荘がないのか、誰か頼れる親類はいないのか。なんなら、片道一時間かけて実家から通ったらどうだ。一緒に住もうという言葉が、なかなか出てこない。しかし私は粘り強く待った。


 そして、今日、ようやくハリーが動いたのだ。




「あ、やった。夫婦の寝室がちゃんとある!」


 案内された部屋に入ると、隣の部屋に続きそうな扉の存在に気が付いた。一緒にいたのはハリーだけだったので、駆け出してノブを回した。部屋の中が見える。大きなベッドがひとつ。暖炉、マントルピース、ガラス棚の中には、アルコールの瓶と様々なグラス。色彩もセンスのよい部屋だった。


「そうだ。夫婦の部屋だ。だから、お前が使用するのは、こっちの部屋だけな!」


「は? なんで? 私とハリーの部屋でしょ?」


「俺達は、まだ夫婦じゃないから」

「でもゆくゆくは夫婦になるんでしょ!」

「だから今じゃねえんだって!」

「やだやだあっちの大きなベッドで寝たいいい!」

「五歳の子供か! 我儘言うな!」

「ハリーの前でだけだもん! お母様もお義母様も言ってたわ! 避妊すれば婚前交渉してもいいって!」

「……ば……ッ、この……マセガキ!」

「ふあ!」


 鼻をぎゅうっと摘まれた。地味に痛い。だが、こうやって叱られたあとは、必ず、目尻にキスをしてくれるのだ。チュ、チュ、と移動するハリーの唇は、最後に私の唇に軽く触れて、頭を優しく撫でてくれる。だから、我儘を言うのは止められない。この優しい瞬間が、とても好きだ。


「怒られてるのに、何故笑う」

「私が成人して大人になったら、キスより先に進んでね」

「……お前は成人しても子供のままだろ」

「そんなことないもん!」

「…………まあいい。明日は、学園へ家から通うにあたっての注意事項を説明するから、今日は夕食のあと、早く寝ろ」

「夫婦の部屋で一緒に寝ようね」

「寝るか、アホ!」


 今度はデコピンだ。ハリーは、私の扱いが、ちょっと雑な気がする。部屋を出て行くハリーの背中を見送りながら、じんじんしてきた額を撫でた。




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