第2話 公爵令嬢、シルヴィア・セプテンバーの話・1



 私、シルヴィア・セプテンバーは、公爵家に生まれ、何不自由なく生きてきた。父は、王立騎士団長。公爵としての仕事を両立させ、日夜仕事に追われている。嫡男である兄のウェーシモは、父の跡を継いで、王立騎士団に入る予定だ。まだ十歳。時が来れば、父のように騎士団と両立させて、公爵の仕事を継ぐのだろう。とても器用な人達だ。母はとても綺麗な人で、私は母に似ていると言われている。自慢の髪は、母と同じプラチナブロンドだ。公爵の仕事は、母がいてこそ兼務のような事が出来ている。女だてらに、優秀なのだ。兄の伴侶となる方にも、優秀な女性がいらっしゃるとよいのだが。そんなことで悩むこまっしゃくれた五歳の私は、家族が大好きだった。


 ある日の茶会。場所は王宮内。侯爵以上の貴族が呼ばれ、その子供達も同じ場所に集められた。同い年の従兄のアレッサンドロも、ふわふわした雰囲気で女の子に囲まれて微笑んでいる。王太子、ちょっと頼りないんじゃない? 変な女に捕まらないと良いけれども。五歳から十五歳までの男女が、王宮の庭園で、挨拶を交わしていた。何を意図して集められたのかは、子供の私でも察する事ができた。

 我が国は、恋愛結婚を推奨する国だ。政略結婚も無くは無いが、夫婦間には、愛情がある方が、家も発展するというのだ。それは、王族にも言えることで、代々、王様は、王妃様を自分で見つけて来られた。ただし、恋愛が出来るかどうかは予想できないので、ある程度の年齢までは、貴族は仮の婚約者を持つことが求められていた。親同士が決めるわけではない。今日のように茶会で集められ、相手を見つける。片方が婚約したいとアピールし、もう片方がそれを了承すると、仮婚約の成立だ。五歳のくせに、そういう仕組みもよくわかっていて、しっかりしてるって? それはそうよ、私は、神童と言われているの。頭の回転が速く、美しい。しかもそれを鼻にかけない。素晴らしいお子様なのよ。


「シルヴィア、そういうつまらなそうな顔をするんじゃない」

「あら、お兄様。つまらなくもなるってものでしょ。なんでこの私が、躾もなっていないような子供達のお守りなど」

「いや、お前、最低年齢層だからな? しかも、話しかけられてもガン無視しまくってるし。お守りなんて出来てないし」

 思春期を迎えると、人は何故か尖ってしまうというけれど、今の私は、絶賛尖り中。人より早く頭脳が成長している分、頭の中の思春期も早く訪れてしまったようだ。触れたら怪我をするわよ、というレベルで、誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出している。反抗期の妹をなんとかしようとして被害を受けるのは、だいたいが兄のウェーシモだ。

「美しい妹の傍を離れたくない気持ちはわかるけど、とっととご自分の婚約者をお決めになったらいかがかしら? そうしたら、毎年、出たくもないこのお茶会に、参加する必要もなくなるのだし」

「決められないわけではない。来年まで待ってるんだよ」

「あら……」

「なんだよ」

 つまり、来年五歳になって茶会に参加するご令嬢の中に、兄の想い人がいるという事だ。侯爵以上の貴族が、婚約の正式な手順を踏むのならば、この茶会を通さないとならない。それ以外で婚約を結んでも、ただの口約束になってしまうからだ。

「私の知っている方かしらね?」

「さぁね」

 兄は、拗ねたような顔をして、私に背を向け、歩いて行ってしまう。あらあらと微笑みながら、周囲を見渡すと、遠くに大人達が歓談している姿を見つけた。「あら! ちょっとちょっと? ちょっと待って? なんなの、あの方! 素敵すぎ!」

 私の視力は、急激にあがる事がある。それは、好みの男性を見つけた時だ。五歳で好みの男性と侮るなかれ。乙女の端くれとして、私にだって好みの姿形というものはある。

 その人は、煌めく髪を後ろに撫でつけて、他の方々と談笑していた。周囲と比べ、風格が違う。笑った時に出来る目尻の皺がキュート。鍛え上げられた体躯は、頼もしいことこの上なく、上品に着こなした服も、大変似合っていた。ああ、一目惚れとは、こういう事なのね。これが私の初恋だわ。

 その後、私の行動は早かった。近くに控えていた侍女に命じ、彼の方の家名を調べてもらい、判明するとすぐに両親の元へと向かった。即ち、公爵家オクトーバー家の方と婚約したい、と訴えに。

「まあ、本当に?」

「ええ、お母様」

「本気で?」

「そうよ、お父様」

「え、でも、何かの間違いなんじゃ……」

「いいえ! 私は、オクトーバー家の方に一目惚れして、直ちに婚約したいです!」

「ちょ、声大きいから!」


「ほう」


 あああ~、遅かった~、と両手で顔を覆って絶望を表している両親の向こうから、にこにこ顔の王様が現れた。うちの両親は、何をそんなに慌てているのだろう。聞こえたらまずい話だったのだろうか。

「余計な事は言ったらだめよ、シルヴィア」

「陛下の言う事には、ハイとしか答えたらだめだよ。きみはまだ子供なんだから」

「…………はい」


「シルヴィア、と言ったかな?」

「ハイ」

「セプテンバー公爵自慢の、才女だね。まだ五歳だというのに、大人のようなご令嬢だとか」

「ハイ」

「そこは謙遜しなさい!」

 父が、頭を押さえつけてくる。ハイとしか答えちゃだめと言ったくせに。

「ははは。それで、聞こえてしまったんだが、オクトーバー家の者に一目惚れしたとか? 婚約したいというのは、間違いないかな?」

「ハイ!」

「では、余が立会人となり、婚約を成立させよう。生憎、オクトーバー家の者は全員仕事の関係で先程帰ってしまったが、余が間に立つなら、異論はあるまい」

 ハイと返事をしようとしたら、後ろから父に口を塞がれた。大慌てしている父は、娘の私が苦しがっていても、全然気付かない。

「へッ、陛下! しかし、それはやはり相手の了承を得られませんと!」

「だから、向こうの両親が、余に一任して帰ったというのだ。誰か婚約したいという相手が現れたなら、受けておいてくれ、と。あちらの息子は、いい歳をして浮いた話の一つも聞かん。将来を憂いた家族が、本人不在のまま、話を進めておいてくれと懇願してきてな。それより、娘御は苦しがっているが、大丈夫なのか?」

「え? わッ、すまない、シルヴィア!」

「ケホ……ケホッ……お父様、酷い……」

 苦しくはあったが、これで婚約が成立したのだ。私は、満面の笑みで、王様を見上げた。「陛下、ありがとうございます!」

「元気でよろしい。このくらい離れていた方が、あの偏屈な息子も伴侶を可愛がってくれるだろう。女嫌いと言ってもな」

「女嫌い……なんですの?」

「実は、そうなのだ。女性にはモテるのだが、近付いてくるのを嫌がってなぁ。香水の匂いや、べたべたしてくるのが苦手だそうだ。シルヴィア嬢は、まだ香水など嗜む歳ではあるまい。なんとか気に入られるよう、努力するのだ。頼んだぞ」

「ハイ!」



 帰りの馬車の中、横に座る兄は、私を残念そうに見つめている。向かい側に座る両親は、頭を抱えながら、何か唸っていた。顔が緩むのが止められない。あのように、素敵な御方と婚約を結べるとは。明日は、顔合わせをするらしい。どんなドレスを着させてもらおうかしら。子供っぽい私にガッカリさせたりしないかしら。ドキドキソワソワ、窓からの眺めも、ほとんど楽しめていない。

「本当に…………大丈夫なのかしら」

「大丈夫じゃなくても……陛下が間に入ってしまわれたのだ。もう、どうする事も出来ない」

「だって……シルヴィアは……」

「わかってる、わかってるよ。そんなわけがないってね。ああ、あの時、シルヴィアの口を塞いでいれば……」

 不穏な空気が漂っている。隣に座る兄は、既に石と化していた。恐る恐る両親に声をかけてみる。

「あの……何か問題がありまして?」

「問題……あるね。ありまくりだね」

「ひえッ」

「でももう遅いんだシルヴィア。陛下が立会人では、撤回は出来ない。明日の顔合わせ、きみはきっとショックを受けるだろうが、とりあえずは冷静に対処して欲しい」

「……ショックを受ける……」

「五歳の君には、酷な話かもしれないが……なんといっても、仮の婚約者だ。後からどうとでもなる」

「酷な話…………え、どうして? 私が一目惚れしたのは、オクトーバー家の方じゃないの?」

「いや、オクトーバー家の方だよ? そこは間違ってないんだが……勘違いしてる、勘違いしてるんだよシルヴィア~」

「え? え?」

 その日、父はそれ以上の事は教えてはくれなかった。母も兄も、私とは目を合わせようとしない。幸せな筈なのに、不安を抱えながら、一夜を過ごした。


 翌日、顔合わせと言って現れた御方を見て、私は気絶しそうになった。そこには、見目麗しい少年が、不機嫌そうな顔で立っていたのだ。





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