変人令嬢達は裏庭で優雅に茶を啜る

香月しを

第1話 プロローグ



 ソフィーナ・メイは、男爵令嬢だ。

 十四歳で、貴族の子供達が通う王立学園に入学し、半年が経とうとしている。入学時は、それは大変な騒ぎだった。まるでお約束のように、学園内の注目の集まる廊下で、この国の王太子であるアレッサンドロ王子とぶつかり、尻もちをついたところを手を差し伸べられ助けられ、周りの女子生徒からは悲鳴を浴び、規則に煩い男子生徒からは蔑まれ、もう、何が何やら、混乱の極みであった。

 男爵令嬢という低い立場であった為か、入学時に目立った行為をしてしまったソフィーナは、たちまち、いじめの対象になってしまった。しかもその事が王太子の耳に届き、気の毒に思った彼が、保護すると言い出したから、たまったものではない。今度は、嫉妬に駆られた王太子の婚約者である侯爵令嬢が主導となって、益々いじめられるようになってしまったのだ。

 二か月も経過して、陰湿だったいじめが、大胆なものになり、ほとんど命を狙われているような日々になっていたある日、ソフィーナは学園の裏側にきていた。鬱蒼と茂った木々の間を走り、追手から逃げている途中であった。突然、門のようなものが現れた。白い、金属で出来た、蔦の絡まる門だ。学園の敷地地図が頭に入っているソフィーナは、その門が、正式なものではない事がわかった。白く美しい門なのに、おどろおどろしい雰囲気が辺りに立ち込めていた。吸い込まれるように門を通った。後ろから足音がして、慌ててすぐ傍の茂みに身を隠した。

『どこへ消えたんだ?』

『まさか、この門を通ったのでは……』

『何!? なんと恐ろしい事を……』

『我々も、こんなところにいたら、大変な目にあうぞ。今日はもうあんな女は捨て置いて、早く離れよう』

 追いかけてきた貴族達は、そんな事を言いながら、怯えるように逃げて行った。ソフィーナは、ごくりと唾を飲み込んで、細い道の先を覗き込んだ。暗く怪しい空間が、まるで口を開けてソフィーナを待っているかのようだ。恐ろしさを感じたが、自分はその奥に呼ばれているような気持ちになっていた。

 ふらりふらりと道を歩いていくと、ふいに道が開けた。そこだけ天に祝福されているような、明るく煌めいた場所に出た。輝くような場所の真ん中には、真っ白なテーブルと椅子があり、三人の貴族令嬢が、優雅にお茶を飲んでいた。

『あら、珍しい。客が来た』

『下級生かな』

『弱そう。でも丈夫そう』

 三人とも、美人なのに、妙な迫力があった。貴族令嬢達から散々意地悪をされてきたソフィーナは、自分に向けられる悪意のようなものには敏感だ。三人からは、悪意は全く感じ取れない。だが、緊張するのだ。生まれてきて初めての緊張だ。まるで、敵国の軍隊を前にしているような緊張感だ。しかも、相手にとって、自分など、捕まえる価値もない虫けら同然のように思える。何か得体のしれない圧迫感に、胸が壊れそうになる。ごくり。本日何度目かの生唾を飲み込んだ。

『じッ、自分は! 一年の、ソフィーナ・メイと申します! 先輩方には、ご機嫌麗しく、以後面体お見知りおきの上、向後万端よろしくおたの申します!』

 天地が引っ繰り返っても勝てそうにない相手だと踏むや、ソフィーナは、犬が腹を見せて服従するかのごとく、三人の先輩方に服従を誓った。その様子が大層面白かったらしく、三人の謎の令嬢達は、腹を抱えて笑いだし、よろしくしてやるから自分達の犬になれと涙を拭いながら再び大笑いをした。三人は、自分達の正体を調べようとするなとそこだけは妙な迫力で迫ってきた。命が惜しくなかったら。そんな隠れた言葉が聞こえたようで、ソフィーナはぶるりと震えながら頷く。そして、何故ここに姿を現してしまったのかと、自分が命を狙われている事を、説明した。その日以降、何故か命を狙われる事はなくなった。小さな嫌がらせは続いたが、それぐらいなら、なんとか流せる範囲だった。



 現在、入学して半年。

 ソフィーナは、今日も嫌がらせを受けていた。理由は、王太子だ。食堂で昼食をとっていると、そこに珍しく王太子が現れたのだ。黄色い声があちこちから上がる。ソフィーナは、眉間に皺を寄せた。

(うわ。やだな。こっち来る)

 逃げ場はないかとキョロキョロ周囲を窺うと、隣のテーブルに偶然居合わせた王太子の婚約者と目が合った。ニコリと微笑んでみる。目をカッと見開いた侯爵令嬢は、鬼のような顔をして顔を背けてしまった。

「やあ、ソフィーナ嬢。ご機嫌いかがかな?」

「王太子殿下、いつも気にかけていただき、誠に感謝致します」

「いやいや、私の婚約者が、きみを苛めているという噂を聞いてね」

「滅相もありません。私は、何もされておりません」

「そうかな? 私の調査では……」

「何も、されて、おりません」

 ソフィーナは、王太子の言葉を遮って否定すると、にこりと微笑んだ。これ以上、婚約者を追い詰めるでない。やめろ。私を殺す気か。そんな気持ちを籠めて、頭をさげた。

「ええと……ソフィーナ嬢?」

「失礼致します」

 ソフィーナは、転がるように食堂から駆け出した。貴族令嬢にしては無様な様子に、周囲から笑いが漏れる。しかし、そんな事は気にしていられなかった。これ以上、誤解を受けたくない。ソフィーナは、裏庭を目指した。



「自分はもう、嫌であります!!」


 泣きながら現れた男爵令嬢に、優雅にお茶を楽しんでいた面々は目を丸くした。

「ど、どうしたの?」

「クソ王太子のせいで、昼食が食べられなかったあ!! うわあああん!!」

「ちょっ、待て待て、不敬罪になるから!」

「お腹すいた! お腹すきましたあ!」

「サンドウィッチでよければ、たくさんあるけど……」

「いただきます!」

 ガツガツと育ちざかりの男子のようにサンドウィッチに食らいつくソフィーナを、三人の令嬢達は生温かい目で見守った。

「貴族らしさの欠片もない令嬢だわねぇ」

「先輩方の前でだけですよ? 普段は、そこそこ貴族令嬢っぽく振る舞ってます」

 この空間は、其々が、思い思いの口調で喋っているので、ソフィーナも、それに合わせて好きなように口調を選んでいるだけだ。三人の前だと、どうしても貴族の令嬢というよりは、使い走りの後輩のようになってしまう。そもそも、貧乏貴族。学園の、いじめてくるような面々と違い、プライドなんて無いようなものだ。

「で、嫌だってのは、王太子のこと?」

「……そうです。王太子殿下は、入学以来、ことあるごとに自分を気にかけて下さいますが、ありがた迷惑というか……」

「ぷッ……ありがた迷惑……」

「こちらが望んでそういう状況になっているわけではないのに、あの嫉妬の塊のような侯爵令嬢が、いつも睨んできまして」

「嫉妬の塊……ぶふ」

「それでも、王太子殿下が、自分の好みの男性であるならば、意地悪だって甘んじて受けようというものですが、まったく好みではなくて」

「うっは! まったく好みじゃないんだ」

「そうですよ、自分の好みは、ハゲでデブ。この国の、宰相様みたいな方なんです! あの丸いフォルム! つるっとした頭! 最高じゃないですか!」


 ぶっふぁ!


 ソフィーナの話を悶絶しながら聞いていた三人は、とうとう堪えきれなくなってその場で転げまわりながら爆笑した。


「あ~、可笑しかった。貴女、本当に面白いね!」

「えッ、どこか面白かったですか? 自分は、真剣に……」

「わかってるわかってる。まあ、いいや、王太子には言っておくからさ。お前全然あの子の好みじゃないってよって。ぷふぁー!」

「え? 先輩、王太子殿下と……」

「うん? そう、私、王太子と同じクラスだから。言っとく言っとく!」


 三人は、特に上下関係などはっきりしてはいなかったが、その中でも、いつも最初に何か言いだす令嬢が、片目を瞑って胸を叩いた。プラチナブロンドの髪が、陽射しにキラキラ反射して、まるで宝石のようだなと、ソフィーナは思った。





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