アナウンスピーカー

今日は初めて原稿を読む日。


このテレビ局に入社してから、血の滲むような努力をしたつもりだ。


発音練習、アクセントの練習、自分が思ったことを言語化する練習。


先輩のアナウンサーにもご指導いただいた。


こちらが少しでもミスをすると怒号を荒らげ、落ち込んだ時には「今日は奢りだ」と、一緒に居酒屋に足を運んで励ましていただいた。


まるでアメとムチをあやつるような先輩だった。


そんな練習の甲斐あってか、ニュースの原稿を任せていただいた。


長い番組ではなく、5分程度のワンコーナーではあったが、しばらくの間は任されるようになった。


これも全部、自分を支えてくださった先輩や同僚たちのおかげだ。


僕がこの業界に興味を持ったのは高校生のときだ。


スポーツ選手、作家、俳優、色んな職業の人たちの頑張りをテレビを通して見た。


今は不況だけど、落ち込んでいる場合じゃない。


将来はみんなに元気と笑顔を届けられるようなアナウンサーになりたいと思っていた。


その夢が、今日叶うのだ。


「ちょっと、これ読んどいて。」


ディレクターさんから原稿をいただいた。


ざっと読み通してみると、それは自分が長年見ていた夢を打ち砕くような内容だった。


戦争、殺人事件、不運な事故、明るいニュースは1つもなかった。


「あの……これは?」


「今日の原稿だって言ってるでしょ?よろしくね。」


「……わかりました。」


きっと、今日はたまたま暗いニュースが多かったに違いない。


そして、本番が始まり、特に事故もなく放送が終了した。


「明日もお願いね。」


「はい!」


しかし、いくら日が経っても明るいニュースが増えることはなかった。


せいぜいパンダの赤ちゃんがすくすくと育っているという程度だった。


数週間後、思い切ってディレクターさんに聞いてみることにした。


「すみません、ちょっと相談があるんですが……」


「何かな?」


「もっと明るいニュースってないんですか?」


「そんなのないよ。」


「え?」


「だって、こっちの方が視聴率取れるんだもん。」


僕は頭が真っ白になった。


「あ、それとこの新商品の話も追加しといて。スポンサーがうるさくてさぁ――」


僕は視聴率を上げるためにやたら不安を煽り、スポンサーのためにただ使われていただけだった。


「大丈夫。いつかドキュメンタリーとかも任せるからさあ。何年先になるかわからないけどな。」




気付いたら今日の放送は何事もなく終わっていた。


僕はいつしか、無味乾燥なスピーカーとして振舞い続けていた。

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