同窓会

どうやらここで間違いないようだ。


居酒屋の前に中学校名と「同窓会」の文字があるのを見て安心した。


懐かしい響きだ。


まあ、僕にとってはあまりいい思い出がないが。


中学時代はあまり変化のない、退屈な日々だったと、今になってしみじみと思う。


気付けばもう10年、本当に色んなことがあった。


感傷に浸っていると、背後から2人の女子の声が聞こえた。


「でさー……ん?あれ!?大貫おおぬき君じゃない!?おーい!久しぶりー!」


声をかけてくれたのはクラスのムードメーカーだった。


懐かしいな。


昔はやたら絡んできてうっとうしいと思っていたが、今思うと『オタクに優しいギャル』を実写化したような女の子だった。


昔とあまり変わった様子はないようだ。


そして、隣にいるのが……


「大貫くん、久しぶり」


僕の初恋の人だ。


まあ、一方的な片思いだったが。


顔は整っていて、物静かだがよく笑い、少し天然なところがある子で、他の男子からも人気のある子だった。


本当はもっと話したいところなのだが、隣のギャルが邪魔なのがもどかしい。


今も好き、というわけではないが、好きになった人のことはよく知っておきたいというのは当然の心理だろう。


少し会話をすると、2人の女子は暖簾をくぐっていった。


昔ならそっけない返事で終わっていた会話も、今なら普通に話せる。


もっと前から人と、特に女子と話す練習をしておけば、と心底後悔している。


自分も続いて暖簾をくぐった。


中には、先客がちらほらいた。


残念ながら、先ほどの女子以外は特に接点がなかった。


少しがっかりしたような気持ちで携帯を開くと、友人とのSNSのグループにメッセージが溜まっていた。


どうやら友人は遅れてくるようだった。


仕方なく、一人で本を読んで時間を潰すことにした。




本の1章を読み終えたところで、店に続々と話し声が入って来た。


乾杯の音頭があってから1時間くらいが経過した後だった。


仕事では時間厳守が基本だが、プライベートではこのくらいルーズでも許される。


もし「すごく会いたい!」と言う人が遅れて来たとして、それで相手を怒る人はいないだろう。


仕事でもこのくらい遅れても許されればいいのに。


早速お酒が回っているのか、繋がりの薄い人たちも絡んでくる。


中には、思いもよらない人物からも声をかけられる。


「よお!」


その声を聞いた途端、体がビクッとなった。


こいつはかつて自分をいじめていた、顔も名前も思い出したくない人だ。


頭の中で騒音、暴行、恐喝が蘇る。


ストレスの塊だ。


「元気だったか!?」


できれば絡んで欲しくなかった。


こちらに近づき、肩を組んできた。


よく、いじめる側は自分のしたことは覚えていない、とは言うが、実際は覚えていると思う。


相手が嫌がっていることに気付かないくらい鈍感なだけだ。


だからこそ過去のことはなんとも思わず、しゃあしゃあと絡んでくるのだ。


そいつは、向こうで酒を一気飲みしているのを見つけ、去っていった。


二度と帰ってくるな、と心の中で願った。


周りをよく見ると、懐かしい顔ぶれがいる。


例えば、あの男は昔太っていたのだが、肥満に拍車をかけたようだな。


実はあまり接点がないのだが、特徴があると思い出すのが容易だ。


すると、一人の肥満男子が声をかけてきた。


「大貫かー!久しぶり!」


君は……誰だ?


「文化祭で飾り壊したの覚えてるか?」


思い出した、水泳部のプチマッチョ君だ。


見事な逆三角形を描いたようなガッチリとした体格で、女子からも一定の人気があった。


体型がすっかり変わっていたから思い出せなかった。


運動しなくなったのか知らないが、今はたるんだ腹や丸くなった顔が目立つ。


意外にも、女子からも話しかけられる。


「ねえねえ、大貫君、私覚えてる?ほら、同じクラスだった――」


彼女は地味子さんだ。


昔は地味だったのに今はナチュラルメイクとイヤリングで着飾っている。


彼女の身に何かあったのだろうか。


おしゃれとは無縁で、人と話すのも苦手だったのに話しかけてくるなんて――


「神様っていると思う?」


宗教に染まるんじゃない。


この手の話に捕まると面倒だから、トイレに逃げることにした。




トイレから帰ってくると、そこには友人の顔があった。


携帯を確認すると、彼が既に到着しているというメッセージがあった。


「あ、ぬっくん!元気にしてたか!?」


昔の呼び方に一種の懐かしさが込み上げた。


友人と酒を交わしながらしばらく話を続けた。


しばらく連絡していなかったから知らなかったが、友人は一般企業の社員であることがわかった。


「今ガチモンの新作やってんだけど仕事で時間なくてさー」


ガチモンは、モンスターを育てて戦わせるゲームだ。


育て方や、プレイヤーの操作技術によって戦略の幅が大きく広がる。


人気作なだけあって、今でも新作が出続けている。


「ぬっくんも好きだったよな?」


そう、昔は大がつくほどゲームが好きだった。


今はゲームする時間があれば本を読むようになったが、どうやら友人の中ではゲーム好きな自分が生き残っているようだった。


「でも、ぬっくんは変わってないみたいで安心したぜ」


変わってない……か。


その言葉を聞いて、友人に少し失望した。


自分は大きく変わったつもりなのだが、人というのは他人をあまり見ないものなのだな。


確かに外見の変化は分かりやすいが、内面の変化は分かりにくい。


内面の変化は行動にしか現れない。


女子と話せるようになったり、ゲームをやめて本を読むようになったり、内面の変化は間違いなく起こっている。


人は外見が変わっていることにしか気付かないのだ。


それは、いつも一緒にいた友人ですら気付かないほどだ。


この内面の変化を成長という。


変化するとは言っても、いい方向に変化しなければならない。


以前にもまして太ったり、運動をやめてしまうのは成長ではない。


そういう意味では、自分が見る限り一番成長していたのは意外にも地味子さんだけだった。


……宗教の良し悪しは置いといて。


昔を懐かしむのもいいが、自分はここで立ち止まるわけにはいかない。


流れない水は腐ってしまう。


前に進まなきゃならないんだ。




飲み会は無事終わり、幹事が指揮をとる。


「これから二次会に行こうと思います。来たい人は挙手お願いします」


「行きまーす!」


「カラオケいこうぜ!カラオケ!」


「私もカラオケ行きたい!」


友人が自分に向かって言った。


「俺たちもカラオケ行こうぜ」


自分は嘲笑気味に独り言を吐き捨てる。


「君たちは変わらないな」


自分は踵を返し、一人家路についた。

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