目玉焼き事変

トシオがリビングに下りてくると、ニュースが目に飛び込んできた。


『名俳優!目玉焼きにソースをかける!』


トシオは呆れながら尋ねる。


「母さん、朝ごはんは?」


「今焼けたところよ。はい、ウインナーと、目玉焼きね。あと――これ、ソースね。かけるんでしょ?」


「・・・うん」


「TVの言うことじゃない。気にしないでいいからね」


トシオはことあるごとに目玉焼きにソースをかける有名人が叩かれるニュースを目撃していた。


メディアは散々「日本人なら醤油」「目玉焼きにソースは外道」というような主張をしている。


そのため、日本中が目玉焼きにソースをかける人を冷たい視線で見るようになっている。


そんなことを思いながらトシオは焼きたての目玉焼きにソースをかけて食べる。


「いってきます」


トシオが通っている高校でもこの話題で持ちきりだった。


廊下でだべっている男子同士の会話が聞こえてくる。


「お前は目玉焼きに何かける?」


「俺はもちろん醤油」


「だよなー。俺も。ソースかけるやつなんていんのかよ!」


学校にいる間、トシオはいつ自分に話題が振られるかと、気が気でなかった。


学校帰りに通る書店でも目玉焼きについての本が並ぶ


『一流のビジネスマンは目玉焼きに醤油をかける』


『目玉焼き占い〜何をかけるかで性格がわかる〜』


家に着くと、TVで夕方のニュースが放送されていた。


『殺人犯は目玉焼きにソースをかけていた』


トシオは自分の部屋へ向かった。


学生鞄を下ろし、ベッドで仰向けになる。


ソースをかけることは悪なのか。


個人の好みの善悪が評価されるのはおかしい。


印象を植え付けるメディアと、それに自覚なく踊らされている人々。


馬鹿馬鹿しすぎて考えるのをやめた。




トシオが目覚めると、朝になっていた。


昼寝のつもりが眠り込んでしまった。


階段を下りてリビングに向かうと、あるニュースが目に飛び込んできた。


『俳優の〇〇、目玉焼きにソースをかけることをカミングアウト』


いつものソース批判かと思ったが、どうやら様子がおかしい。


TVの中の俳優はこう述べた。


「前、殺人犯が目玉焼きにソースかけるってニュース見ましたけど、それって言う必要あるんですか?」


さらに俳優は続けた。


「目玉焼きに何をかけようが僕の勝手でしょ?それをメディアがどうこう言うのはおかしいっていってんの。そういうのを僕が言わないとと思って」


すると、ニュースはSNSで俳優を支持する声がたくさんあると報道した。


トシオは、胸の中のわだかまりがすっかり消えたような気がした。


「お前は目玉焼きに何かける?」という質問にも堂々と答えられる日はそう遠くないことを確信した。




「トシオは目玉焼きに何かける?」


「僕はソースかなー」


「へー!俺はタルタルソースかけるんだけど」


「タルタルソースて」


大学帰り、トシオは友人と話をしていた。


こんな普通の会話ができるまで5年はかかった。


トシオは家電量販店を横切ると、展示されたTVのチャンネルが変わった。


TVではニュースが流れていた。


『女優○○、目玉焼きにマヨネーズをかける!』

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