ボロボロの靴

簿呂は悩んでいた。


同級生はもう就職先が決まっているのに、自分だけがまだ決まっていない。


もう100社になるだろうか、今のところ全滅である。


このまま就職先が決まらずにニートとなるのか。


今日も就職面接から帰宅する途中だ。


うつむきながら歩いていると、ふと一枚のポスターが目に入った。


ポスターには大きく「仕事ができるかどうかは靴を見ればわかる!ビジネススーツのお買い求めは当店で!」と書いてあった。


わかりやすい服屋の宣伝だ。


ばかばかしい。


仕事ができるかどうかを靴で判断できるわけがない。


「本当にそう思うのかしら?」


どこからともなく声が聞こえた。


「誰だ?」


簿呂は、その声がする方向を向くが、誰もいない。


「私は天使。あなたを助けに来たわ」


「その必要はない」


「だってあなた、就職したいのに全然面接に受からないんだもの」


「う・・・」


なかなか痛いところをついてくる。


天使とはいえ、ただ気をよくするようなお世辞しか言えないわけではないようだ。


「まずはそのボロボロの靴から変えましょう!」


「だから!靴だけで人を判断するのはおかしいっていってんの!」


「それは確かに正しいわ。でも、ほとんどの人は見た目で簡単に騙されるお馬鹿さんなのよ。あなただって可愛い女の子がいたら目で追っちゃうでしょ?」


確かに、それは言えている。


心なしか周りの人がこちらのことをジロジロ見ている気がしてきた。


まるで古い靴を履いていることを嘲笑っているかのように思えた。


「・・・でもこの靴は父さんから入学祝いに貰った靴なんだ。これを捨てるわけには――」


「捨てろとは言ってないわ。新しい靴を履いて面接に行きなさいと言ってるの。」


「でも・・・」


「何もしなくてもどうせ結果は同じよ?同じダメなら試してみたらどうなの?」


「・・・わかったよ」


後日、簿呂はアルバイトで稼いだ貯金を崩して新しい靴を買い、再び面接に臨んだ。


すると、何社かから合格の通知が届いた。


「やった!やった!ついに受かったぞ!天使!天使の君はいるか!」


簿呂は天使に話したいことが山ほどあったが、この日から天使は姿を消した。


就職してからは身の回りの物に気を遣い、古くなった物は新しく買うようになっていった。




それから月日は経ち、5年が経っていた。


出世は順調に進み、今やすっかりリーダーだ。


「今日は俺の奢りだ」


「え?いいんすか?リーダー!あざす!」


簿呂は、新しくできた後輩たちに食事を振舞っていた。


給料が上がったので、靴だけでなく、スーツやネクタイ、腕時計も新調し、新しい物で身を包んでいた。


やはり新品に身を包んでおけば、みんなが俺を慕ってくれる。


その快感がたまらなかった。


簿呂は浸りながらチューハイを飲んでいたその時、後輩の1人が簿呂のスーツに飲み物をこぼしてしまった。


「あ!すみません!」


「あー、やっちゃったか。こっちは大丈夫。新しいスーツを買うから」


「え?でも、クリーニング代を出した方が・・・」


「いいんだって。これはもう捨てちゃうから」


「え!?捨てちゃうんですか!?」


簿呂は新品を身に付けることで人が集まって来るということを学んだ。


人が集まれば評判が評判を呼び、出世も早くなる。


人は見た目で判断する生き物。


このまま課長に昇進するのも時間の問題だ。


いろんなことを考えながら簿呂は会計を済ませ、暗い夜道を一人で家路につくのだった。




ある日、簿呂の家に一通の電話が入った。


「え・・・倒産・・・」


簿呂が勤めていた会社からの突然の連絡だった。


経営が厳しく、給料が払えなくなったらしい。


この間新しい鞄を買ったばかりなので、銀行の預金もわずかしかない。


今日から倹約に努めるなんて到底無理な話だ。


一度贅沢を経験した簿呂は、もはや質素な生活に戻れなくなっていた。


「そんな・・・明日から俺はどうしたら・・・」


「あら、人脈を使えばいいじゃない」


悩んでいた簿呂の耳に入ってきたのは、あのときの天使の声だった。


「君は!あの時の!夢じゃなかったんだ!今までどこへ行ってたんだ!」


「今のあなたには色んな人脈があるでしょ?」


「そうだった!」


簿呂は手あたり次第連絡した。


会社の後輩、先輩、上司、学生時代の同級生、ありとあらゆる知人、友人をあたった。


しかし、返事は全てNOだった。


「どうして・・・俺にはこんなに人脈があるのに・・・」


「まだ気づかないの?」


「お前・・・何か知ってるのか!?」


「周りの人はあなたにたかっていただけなんじゃないの?」


「・・・は?」


「あなたはお金をいっぱい持っているように見える。だからみんなは、あなたといると奢ってもらえると思っているの」


「バカな!でたらめなこと言ってんじゃねえぞ!」


「それに、あなたも今まで散々やってきたじゃない」


「は?何言ってんだ?」


「あなたって物を簡単に捨てるでしょ?他の人があなたを捨てても文句は言えないんじゃない?」


「バカなことを言うな!あいつらがそんなこと思うわけ――」


ふと、簿呂の脳裏に「人は見た目で簡単に騙される」という天使の言葉が浮かんだ。


「だ、第一、新しい物を買えって言ったのはお前だろ!」


「『新しい物を買え』とは言ったけど『簡単に捨てろ』とは言ってないわ」


「!!」


「あなたが大切にしてたって言うお父さんの靴・・・今はどこにしまってあるかしらね」


簿呂は天使の言うことにハッとし、部屋中を探し回った。


しかし、父から貰った靴は見当たらなかった。


「まあ、浪費癖を今から治すのは難しいだろうから、いいところに連れて行ってあげる」


「いいところ?」


簿呂は天使の導かれるまま、歩いて行った。


人通りの少ない道の先には、とある店が構えていた。


店の中からは、サングラスをかけた大柄の男がタバコを咥えて出てきた。


「よう、兄ちゃん。一人でこんなところまでくるとは、だいぶ金に困っているようだね」


どうみても裏社会の人間という見た目に不安を拭えない簿呂に、天使はこう告げた。


「大丈夫。人を見た目だけで判断しちゃだめよ」

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