他己決定権

「おはよう、お母さん。」

「おはよう、カナ。」


 2階から降りると、ウインナーの香ばしい匂いがカナの鼻をくすぐる。

 母が朝ご飯を運んでくる。


「お兄ちゃんは?もう行った?」

「ええ。それにしても二人とも幸せよ。進路はちゃんと考えてあげたんだから」

「お父さんがね」


 進路は親が決めるのが常識だ。

 どの高校、大学へ行くかは全部親が決める。

 また、どの会社へ入社するか、さらに結婚相手までも親が決める。


 子供よりも親の方が多くの経験があるため、親に選択を委ねるのが合理的だ。


「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」


 カナは勉強はできる方だったので、親の希望通りの高校に通うことができた。

 幸い、その高校には――


「おはよう!カナさん!」

「お……おはよう。ヒカル君」


「カナさんはもう入る部活は決まったんだっけ?」

「い、いや。まだお父さんから聞かされてないの」

「そうなんだ」


 入学したばかりの1年生は、入る部活を決めなくてはならない。

 これももちろん親が決めることになっている。


「僕は父親が医者だから実家を継がないといけなくて――生物部に入れって言われたんだ」

「え? そうなんだ」


 実はカナも生物には興味があった。

 昔から動物が好きで、できれば獣医師になることを夢見ていた。


「私も入りたい……」

「本当? カナさんも一緒になれたらいいね!」

「……うん」


 後日、家族会議が開かれ、カナが入る部活が決定された。


「……なんで?」

「聞こえなかったか?お前はCAになるんだ。だから英会話部に入れ」

「……うん」


「それと、結婚相手が見つかった」

「え!?」


「保険の営業をしていて将来は安定だと思う。若手にして業績がいいらしい。大学を卒業するころには結婚できるぞ」

「あら! いいじゃない!」

「お母さんまで!!」


「お父さんがカナのために選んだのよ? 素直に喜びなさい」

「……」


 今まで親が決めることに何の疑問も持たなかったが、なぜか今日は心の中にモヤモヤが残った。

 そして、翌日。


「どうしたの? カナさん。元気がないみたいだけど?」

「あのね……私英会話部になったの……」


「……そうなんだ」

「本当は生物部に入りたかったのに……。獣医さんになりたかったのに……」


 ヒカルはスマホを取り出し、ネットニュースを眺めた。


「……あ」

「どうしたの?」


「見て。最近、学校の間で裏サイトっていうのが流行ってるそうだよ」

「裏サイト?」


「うん。例えば親から虐待を受けていたり、自分の思い通りにならないことがあったときにこの裏サイトの掲示板に書き込むと親を成敗してくれるんだって。怖い話だよね」

「……そうだね」


 カナは家に帰ると早速裏サイトについて検索した。

 DV、拘束、監禁、勉強の監視、友達と関わることの禁止、理不尽なルールを押し付けて自由を奪ったりする、などといった内容が書いてあった。


 住所を書き込めば成敗してくれるようだ。


(ここに書き込んだらヒカル君と一緒になれるかな……? でも、お父さんが……)


 よく考えてみたら今までのことが全ておかしいことに気づいた。


 なぜ親が自分のことを決めているのだろう?


 本当に私のためを思っているの?


 おじいちゃんはどうしているのだろう?


 この世の中のルールへの疑問が止まらない。


「……この世の中を変えなきゃ」




 翌日、母親の叫び声でカナは目を覚ました。

 ニュースに父親が映っている。


「ああああああ!! あなたぁぁぁ!! どうしてぇぇぇぇ!!」


 どうやら車を電柱にぶつけたとのことだった。

 ブレーキに細工がしてあったらしく、ブレーキ痕が効かなかったそうだ。


「あ……」


 カナは泣き崩れた。

 まさか、自分が願っていたことが現実になるとは思わなかった。


 後悔の念が一瞬よぎったが、それは次第に喜びへと変化していった。

 罪を背負うことから逃れるように、自分を正当化しているようにも思えた。


 これでよかったんだ。


 今思えば、お父さんは仕事が忙しくて接点なかったし、勝手に私の人生を決めているだけだし――。

 これで誰にも邪魔されずにヒカル君と一緒になれる。


 葬儀は家族だけで行われた。

 カナは母親に尋ねた。


「お母さん。お父さんがいなくなったら私は自由なの?」


 母は眉をひそめた。

 カナ自身も不謹慎なことを聞いていることは自覚していた。


「あんたこんなときに何言ってるの? ……お父さんがいなかったら次はお兄ちゃんが決定権を持つことになっているんだよ」

「……そう」


 次の日、兄は家に帰ってこなかった。

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