二人の嫌われ者

「何考えてるか分からない」

「関わるのはやめとこうぜ」


 周りの人がまた僕の悪口を言っている気がした。


 僕の考えに興味を持ってくれる人は誰もいないだろう。

 僕のことを分かってくれる人は誰もいないだろう。


 僕は嫌われてるに違いない。


「嫌われ者の君、隣いいか?」


 喫茶店でコーヒーを飲んでいたら長髪の青年が背中から話しかけてきた。

 大学生だろうか?

 社会人にしてはお金を持っているようには見えない服装だった。


「え……? ……どうぞ……ご勝手に」


 僕は怪訝な顔をして答えた。

 初対面の人に嫌われ者なんて言うか? 普通。


 この人何考えてるか分からない。


「悪いが独り言を聞かせてもらった」


 どうやら思っていたことが口に出てたみたいだ。

 僕は慌てて口を塞いだ。


「怒らせたお詫びといってはなんだが、自己紹介だ。俺は絵を描いている」


 彼はスマホを取り出し、とある絵の写真を見せた。


「これ、俺の作品。信じるか信じないかは、どうぞご勝手に」


 驚いた……。

 この絵は数ヶ月前に開かれたコンクールで入賞されていた作品だ。

 この人はこの絵の作者ということなのだろうか?


 その作品は他の人のものとは明らかに一線を画していた。

 ……僕が未熟なのか、何が良かったかまでは分からなかったけど。


「お前は何か熱中できるものはあるか?」

「特にないです……」


「んなわけねぇだろ。『誰も分かってくれない』って言ってる奴が何もしてないんなら、それは相当甘えた奴だ。何もしてない奴を誰も分かってくれるわけがねえ。甘えるな」

「……強いて言うなら、絵を描くこと……ですかね……」


 彼は面食らった顔をした。


「……まじか、お前――」


 彼は少し考えると、そのまま話を続けた。


「じゃあ俺と似てるな。絵が好きなんだろ? しかも俺と同じ嫌われ者で――」

「僕は嫌われ者じゃない!」


 周りの客が一瞬だけこちらを見た。


「まぁ落ち着けって。お前はまだ学生か?」

「……中学生ですけど。」


「ちょうど人間関係に悩む時期か……。よし! この俺が助言してやろう」

「あなたが?」


「あぁ。俺とお前は似ている。お前の気持ちは分かってるつもりだ。しかも、お前の方が若い分、可能性がある。」

「いや……僕はまだ画家じゃ……」


「つべこべ言うな! というわけでほら、2000円だ。」

「え?」


「受講料だよ、早く出せよ」

「僕……お金なくて……」


「金がない癖に喫茶店なんて来ねぇだろ。足りなくていいから有り金全部出せ」


 僕は「そういうとこだぞ」という言葉を吞み込みながら、財布に入っていた千円札と小銭を渡した。


 今日はなんて災難な日だ。


 学校は窮屈だし、変な人には絡まれるし、挙げ句カツアゲされるし――


 でも、この人は僕の知らないことを知っているように思えた。

 色々な苦労があったことを、あの絵を見て確信した。




 ……そういえば僕はどうしてここにいるんだっけ?

 いつでも逃げ出すチャンスはあったはずなのに――

 今はこうして、目の前のうさん臭い青年の話に耳を傾けている。


「『こいつは俺のことが嫌いだろう』って思うことがあれば大抵、そいつの中にお前の嫌いな要素があるもんだ。本当はそいつが自分を嫌ってるんじゃなくて、自分がそいつを嫌ってるんだ。それを相手のせいにしてるだけなんだ。」


 ……当たってる。


 僕は少なくとも、同級生に対して苛立ちを覚えていた。


 何が面白いのか、いつもバカばっかりして遊んでいる男子。

 オチのない噂話で盛り上がる女子。


 僕の絵を取り上げてからかわれたこともあった。


 彼は続けた。


「そこで、みんなに嫌われないようにするにはどうしたらいいと思う?」

「どうせ他の人に合わせろって言うんでしょ? みんなそう言うんだ。でも僕は人に合わせるのが苦手で――」


「アホか」

「え?」


「学校では『みんな仲良く』とは言われるが、それはインターネットがなかった頃の神話だ。友達は学校の中だけとは限らない。学校の外にも目を向けろ」

「でも、このままだと何も変わらな――」


「周りの評価はどうでもいい。特に画家志望はな。実際に美大に通っていた俺の友人は『ここにいる人は変な人ばっかり』と言っていた。夢を追ってる奴は夢しか見ていない。だから他人の目線を無視する。そうしていくうちにだんだん他人に嫌われていく。でもこれは、あいつらが勝手にこっちを嫌ってるだけだ。俺も人から嫌われてる自覚はあるが、そいつらにかまってる時間があるなら作品に時間を割く」


「なんだ……てっきりみんなから好かれる方法を教えてくれるのかと……」

「それはイエス・キリストでも無理なことだ。」


 他にもいろいろな話を聞いた。

 申し訳ないが、ほとんど話についていけなかった。


 しかし、言いたいことはしっかりと伝わった。


「あの、聞きたいことがあるんだけど……」

「なんだ?」


「どうしてこんなことを僕に?」

「……あぁ、実はこの先長くなくってな……啓蒙活動でもしてたら神様が寿命を延ばしてくれるかもしれないだろ? こんな昼間っから喫茶店にいる若者はお前しかいなかったってだけの話だ」


 彼は時計を見ると立ち上がった。


「そろそろ時間だ。俺の奢りだ。釣りはやる。ちゃんと学校行けよ、若者」


 テーブルの上には千円札と小銭が置かれていた。


「……これ僕のお金」


 見上げると、彼の姿はもうなかった。


 帰り道、体が少し軽くなった気がした。


「嫌われてもいい……。今のままで……」


 家に帰ると、僕は描きかけのキャンバスに夢の続きを描いた。

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