第13話 嬉しいのでしょう?
(この子は――私の感情なんかどうでもいいんだ)
愛を語るアネットがどういう思いを抱いてるのか、それは解らない。
ただ、自分を好きだというのが、愛しているという言葉が本当だというのは伝わった。
嘘偽りがなく、濁るものは何もなく、純粋な愛だった。
嘘も偽りもない、純粋な――自分だけの愛だった。
自分だけの憎しみをアネットに向けていた身で、何をいうのかと反論されるかもしれない。
だけど、そうではないと思う。
(私はアネットだけを称賛し、私を蔑ろにする世界が憎かった。そのようにするアネットが憎かった)
しかし、当のアネットは違う。
アネットは、リエラの憎しみも周囲の評価など何も関係がない。
自分の愛のためならばその全てがどうでもよいのだ。
子に憎まれてなお愛する親もいよう。
親に嫌われてなお愛する子もいよう。
姉と妹も、そういうこともあるかもしれない。
だが、違う。
アネットのそれは、妹から姉に対する敬愛でもなく、肉親への親愛でもなく。
「あなた――あなたは、狂ってるッ」
思わず声をあげてしまった。
リエラの言葉を受けて、アネットは不思議そうな顔をしてから、少しだけ微笑んだ。
「おかしいわよ! 私があなたをどれだけ憎んでいるか聞いたでしょ!? それなのに、自分が愛するのに私の憎しみなんか関係がないって――」
そんなのは、絶対におかしい。
リエラはそう思うのだ。
「そうでしょうか?」
アネットは微笑んだままだ。
「憎しみに憎しみに応じるよりも、愛をもって応えよと、司祭様たちも仰っておられましたよ」
「それは――それは、至上の慈愛であって、あなたのそれは……」
言葉を止めたのは、妹の唇からちろりと出た小さな舌が、唇を軽く湿らせて引っ込んだからである。
何故か、そんな挙動のひとつひとつから目が離せないでいる。
「私のそれは……なんです?」
アネットの顔が間近にあった。
格子の向こうでなければ、あとほんの少しで口づけができそうなくらいの、近くに。
「……あなたの、それは、違う。あなた自身の、あなただけの、あなたの心だけを満たせればそれでいい……そんな、もっとも忌避すべきもの……」
自身が魔王であり、好き勝手に妹を蹂躙し、貶めようとしていたのに。
リエラはそんなことを言った。
アネットは。
「けど――――そんなのでも、嬉しいのでしょう? お姉様」
と言った。
リエラは、ぞわり、と胸の奥で蠢く何の存在に気づいた。
「嬉しいって、何を…………」
そんなものが嬉しいはずが――
「私に愛を向けられるのが嬉しいのでしょ?」
「だから――」
「気付いてないの? さっきから、ご主人は私に近づこうとし続けているのよ」
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