第12話 それがどうしました。

「しかし――――?」



「……なんて?」


 リエラは、アネットが何を言っているのか解らなかった。


 いや、言葉は解る。言葉の意味も解る。

 だが、何でこんなことを言われているのかが解らない。


「あの、もう一回、言ってみて、『知ってました』から」

「――愛する私の姉。愛しい魔王様」


 速攻で復唱してから、少し溜め。



「しかし――――?」



「それが――――」


『鳥籠』の中で、這いつくばった状態から自分を仰ぎ見ている妹を、恐怖さえ浮かべた眼差しでリエラは凝視する。


(この子は、何を言っているの……私が憎んでいると、それを知らないから愛していたのではないの? 私を盲目的に愛しているから、こんな目に合ってもどうとも思っていないというわけでは――)


「ご主人さま」


 アネットは、するりとくるまっていた毛布の中から体を滑り出し、『鳥籠』の格子の向こうで自分を見ているリエラへと顔を寄せる。

 

 ……それはあたかも、蛹から羽虫が這い出る様に似ていた。


 醜い芋虫が完全なる変態を遂げて、別の生き物が生まれたかのようだった。

 

「…………ッ」


 近づく顔から目を背けたが、その途端に先程も見たはずの白い乳房が視界に入り、今度はそれに引き寄せられるように目がそれに向けられ、先端の乳房の突起が目に入る、慌ててまた顔を反らし――


「私をみてください」

「――――ちょっ」


 アネットの顔は、いつの間にか彼女の顔のすぐ傍にあった。格子の向こうにあるのには違いなかったが、本当にすぐ近くにある。


 自分の顔が格子へと近づいていたということに、彼女はすぐには気づかない。


「あなたが、私を憎んでいるということは知っていました。あなたが私をどういう目で見ているのか、そんなことは、ずっと前から知っていました。私は、あなたがどんな気持ちで私を見ているのか、そんなことは、ずっと前からしっていましたとも」



「それは――だけど、


「―――――ッッッ」


「ねえ、私のご主人さま。私の魔王様。私の愛しい愛しいお姉さま。私があなたを好きなのに、あなたを愛しているのに、あなたが私を憎んでいることなんて、それはなんの障害にもなりません。私の気持ちは、私だけの気持ちは、そんなことでは到底どうにもならないものなのですよ?」

「な、何を…………」


 ――意味が解らない。


 この子との会話は、まともにしたのは何年ぶりだったろうか。

 到底、まともではない内容だが、こんなに話したのは何年ぶりだろうか。


(私を、本当に、本気で好きで、それは、私の憎しみを知った上で、私の感情を知った上で、私を、愛して…………)


 怖い。

 いや。


(おぞましい)


 そう思った。

 自分の憎しみを知った上で、それを是としているこの妹に、光の御子に、リエラは恐怖以上におぞましさを感じた。

 許容できない、何か未知の感情を覚えた。


 それでいてなお、その顔から、彼女は目を離せなかった。


 

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