第10話 おままごと。

(知らなかった……)


 床に両手をついて、リエラは自分の過去を思い返していた。


 表向きは、妹であるアネットを姉としてそれなりに可愛がっていたつもりだ。

 次代の『光の御子』として皆の称賛の的であったアネットを、人前で虐めるだなんてことはできなかったし、するつもりもなかったが、それでも姉妹なのだから、二人で人前に出ざるを得ない状況というのは生じる。

 そういう時は、笑顔を貼り付けてアネットの前に立ち、歩くことにしていた。

 妹がどんな顔をしているのかなど、できるだけ見たくなかったから。


(そんな風にして、ずっと目をそらし続けてきたから)


 自分は妹のことなど、何も知らなかったのだ。


 まさか、どれだけ食べても満腹になることもなければ、なんの排泄の必要もない存在だったなんて――


 それは人間ではない。

 いや、それは、問題ではない。

 

 そんなことも、そんな重要なことさえも、自分は知らなかった。


 十年以上、姉妹だったのに。

 同じ屋敷に住んでいたのに。


(私は、なんて情けない……自分のことをみんなにちゃんと見てほしいと思っていた、思い続けていたというのに……私自身がアネットのことをろくに見ていなかっただなんて……)


 知ろうとも、していなかった。


「こんなざまで、私は復讐なんて言っての……」


 魔王の力を得ているのだから、もっと自分の欲望だとか暗い感情だとか心の闇だとか、そういう感じのに身を任せればいいのに。


 生来生真面目な性格なリエラは、自分がこんな重要なこともしらなかったのか――ということで、自分が築き上げてきた世界観が崩壊してしまい、がくんと項垂れてしまう。


「ご主人さま?」


 アネットはその様子を見ていたが。


「……土を食べたことがあるだなんて、きっと私の知らないところでいじめられてたのね……」

「それはおままごとで」


 どんどん変な妄想を發展させていく姉に対して、さすがに事情を説明する。


「おままごと」

「土のお団子を食べた時に気づいたのです」

「……そんなこと、あったわね」


 しみじみと、過去のことを思い出すリエラ。

 そういえば、そんなこともあった。

 

(昔は、周囲の目なんて気にならなかった……二人だけの姉妹で、楽しかったのに……)


 アネットはさらに言う。


「ご主人さまのお団子がおいしくて、どんどん食べてたのを見咎められて」

「えー……」


 そんなこと、あっただろうか。

 全然思い出せない。


「それで検査して、私が『光の御子』だと判明したのです」

「…………」


 衝撃の事実だった。


 まさか、おままごとで土を食べてたのが原因で、『光の御子』と判明しただなんて……!


(え。もしかしてそれって、私が食べさせてなかったらわかんなかった? いえ、どのみちそのうちに属性検査はしたはずだから……というか、お手洗いにいかないとかは、もっと前に解っていたはずでは……)


 悩むリエラに。


「そうです。『光の御子』は何でも食べられますし、お手洗いにもいくことがないのです! それはつまり――」

「つまり?」



「ペットに最適な生き物だということです!」



 ドャアとこのうえない笑顔で、ポーズをつけて主張する妹を、アネットはしばし見つめていたが。


「……服を着なさい」


 と命じた。

 

 あとペットじゃない。

 

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