決意の夜

 目的の砦や森の様子を情報収集しつつ、遠征の疲れを取り、明日の戦いに備える夜。


「レオナ。大事な話が有る。ちょっと来てくれ」


 見張り以外は寝静まった深夜、蝋燭と月明かりだけの薄暗い礼拝所で、レオナと二人で対峙している。

 やけに挙動不審で顔が赤いレオナは、結婚プロポーズのことだと思っているのだろう。

 俺のユニーク・スキル【狼の魂】で、話し声が聞こえる範囲に関係者以外が居ないか、確認しつつ話し出す。


「俺は、レオナに相応しくない男だ。まともな人間ですら、ないかもしれない。前世の記憶が有ってね。前世は魔狼だったんだ。パールという名前だ」


 前領主オスカーを殺した魔狼だとか、女神の失態についての詳しい話をしても仕方ないので、簡潔に話した。


「産まれ変わる際に、今回の遠征の件を女神から聞いていた。激しい戦いになる。生きて帰れないかもしれない。だから……」


 俺の事は忘れて、自分の人生を と、普段は騒がしいレオナが、静かに、俺の話を、静かに、静かに聞いていた。


「前世がゴブリンでも悪魔でも関係無い。シルバは、シルバでしょ? 私にとっては、それ以上でも以下でもない」


 まっすぐに、突然の話に驚くことなく、まっすぐに、こちらを見据えて


「生きて帰れないかもしれない? 関係無い。兵士シルバを好きなった時から覚悟は、してた。前世の記憶を持って産まれたなら、また産まれてくるかもしれないね」


 そう言って、俺の決死の覚悟を笑い飛ばした。


「シルバが産まれかわったら見つける。私が死んで、産まれかわっても、またシルバを好きになる。それくらい、好き。……好き」


 その姿が、生前の妻に重なって見えた。


 ーーーーーー

 サテラやアスラの神は、いわゆる正義、光、聖に属し、人族を中心に加護を与えている。

 魔物や魔族に加護を与える神々は、反対に悪、闇、邪に属している。

 氷の魔法に適正のある魔物白狼に産まれ、茶色の体毛で、氷ではなく風に適正が有った我が妻、

 その同族らしからぬ風貌と適正に対して付けられた皮肉的な名前の妻だった。


魔物こっち側の神だと男神だし、氷の男神ロッゾだと可愛く無いもんね。アスラで良かったわ」


 そのような迫害を受けながらも、明るく前向きで、美しく気高いアスラと結婚した。


「立場が逆になっても、私はパールを好きになる。普通に産まれてたとしても、パールを好きになる。後悔は、無いよ。死ぬまで別れない。離さない」


 俺が離れた隙に群れから襲われ、瀕死の状態で俺のもとに辿り着いた妻の姿。

 次期、群れの長の妻がアスラなのが気に入らない連中に殺される時ですら、揺るがない妻の姿。

 ーーーーーー


 何を言われても、何をされても、揺るがない覚悟、揺るがない信念。

 そういったモノを持つ雰囲気と、妻と同じ茶色の髪が重なって見えたのだろう。


「それほど、僕を想ってくれているのかい?」


「シルバに助けられなかったら、無くなってた私の命、人生。その全てをシルバの為に使うのは当たり前。いや、私自身が使いたい。シルバの為に使いたい」


 レオナの堪えきれなかったのだろう涙を、そっと拭いながら、強く抱き締める。


「小難しいのは無しだ。僕もレオナが好きだ。帰ってきたら、あの日の約束を守ろう」


「うん。うん! 成人して、迎えに来てくれるのを待ってる。ずっと、待ってる!!」



 その後、レオナを送ってから、礼拝所に戻ってきた。


(諦めてもらうはずが、結果的にプロポーズしてしまったな)


 一時の興奮と気恥ずかしさで、熱くなった顔と身体が冷えるまで、に祈ろうと思った。


(アスラ。アスラを守れなかった俺に、レオナや村の皆、アレク達を守る力を。例え、俺が死んで、アスラの所に行ったとしても)


「気は変わらないのかい?」


 礼拝所の入り口で、アレクが語りかけてくる。


「変わりません。償いと恩返しを終わらせないことには、私の気が済まない。人間になれたと思えない! 幸せレオナを受け入れられない!!」


「でも、生き残る理由が出来たみたいで良かったよ。策を聞いた時から、シルバは死ぬ前提でいたみたいだからね」


 兵を指揮するアレクには、転生した理由、原因を詳しく話して協力を求める必要が有ったので、全てを話した。

 というより、アレクという愛称を許す信頼を裏切れなかった気持ちが大きかったと思う。


「挟み撃ちは戦術として有効です。本来の運命が、ソレで撃退出来たなら、そのままにすべきです。変な話、撃退出来ない可能性だって有る」


 だから、で乗り込んで、大暴れをしなくては駄目なんだ。

 魔物パール人間アレク達からの偶然の挟み撃ちではなく、人間シルバ人間アレク達からの挟み撃ちを警戒されないために、大暴れしなくては。

 敵が、俺を鹿と判断するくらい、長く、単身ひとりで大暴れしなくては。






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