娘の騎士

「今日はヒルダを含めたメイド全員で、周囲の貴族の接待に付いています。申し訳ないけど、私とベラのお世話を頼みますね。シルバ」


 大規模な魔物の砦の建設情報が舞い込み、雪深く、領民と領兵の数が不足しがちなアレクの領地では、こういった時には周囲の貴族から兵を借りるなどをする。

 俺からの運命未来の情報により、苛烈な戦いになることを予期しているので、いつもより広く兵を借り受けるために、大勢の貴族を招いたため、その対応でメイドが不足してしまっていたのだ。


「他の手の空いている人でも良かったのですが。ベラは貴方が、お気に入り。人見知りするなのに、静かにしているでしょう?」


 イザベラお嬢様は、俺の珍しい銀髪と白昼の月のような水色の瞳が大層、お気に入りの様で、視界に入ると、俺の顔を凝視してくる。


「かしこまりました。では、まずは紅茶でも淹れましょう。今日は冷えます。グレタ奥様は、産後が良くありませんから。お身体を冷やしては」


 俺の淹れ方の紅茶の香りも好きなようで、淹れている最中の広がる香り、淹れ終わった後の俺の匂いを、可愛らしい小さな鼻で嗅いでくる。

 今も奥方が紅茶を、ゆっくりと嗜めるように、受け取った腕の中で大人しく俺の顔を見ながら、しきりに服の匂いを嗅いでいた。



「貴重な茶葉を無駄にしないために、通常より熱い湯で淹れ。限界まで濃く抽出して、薄めることで少ない茶葉を、出来うる限り普通の味にする貴方の方法。粗末ではあるでしょうが、ではない。……体調が優れない私に、刺激が強すぎないように。わざと通常より薄く淹れた配慮を感じます」


「もったいない御言葉です」


 ベットから雪が降る窓の外を見ながら、俺の配慮に気づいた奥方は、誠実なアレクに相応しい聡明で思慮深い淑女の鏡のような人だ。



 ーーーーーー



「可愛いでしょう? 親の贔屓目を抜いても、可愛いと思うの」


「はい。大変、可愛らしいと思います」


 紅茶を終え、奥方にお返しする前に俺の腕の中で眠ってしまわれたイザベラお嬢様を起こさないようにと、抱いたまま答える。




でも、人の赤子を可愛いと思えるようですね」




 お嬢様を起こさぬように、動揺を抑えるのに必死になる。


「アレクには全てを話しました。それを口止めをしてもいません。汚らわしい魔物、先代を殺した忌まわしい魔物だと思われるのも仕方ありません」


 俺を受け入れてくれたアレク、親しくしてくれる同僚達、人間シルバの両親、レオナ。

 心優しき人々との交流で忘れかけていたが、俺は卑しき、忌むべき魔物だということを思い出す。



「勘違いしないで頂戴。忌まわしいと思っているなら、大事な娘を腕に抱かせる訳がないでしょう?」


 そう、優しく語りかけてくる。


「過去、前世が、どうであれ。アレクは貴方を信頼しています。私も。これは、あるをするための確認みたいなモノです」


 優しく語りかけてはいるが、毅然とした眼差しが向けられる。


「貴方が、此処に居るのは。魔王の尖兵を、オスカー様の代わりに倒すためだということは分かっています。私は、それが終わった後のことを。頼みたいのです。」




「シルバ、約束して。娘を、ベラを守ると。例え、この戦いで死んだとしても。、守ると誓ってください」




 ーーーーーー



「アレクには【言霊】が有ります。生まれ変わってでも守るなら父親が良いに決まっています。アレクに誓わせれば、良いのでは?」


「誠実なアレクは【言霊】を自分自身のためには使いません。正しいことに使っていても、やがて歪んでいきます。アレクの尊敬するオスカー様も【偽装】を自分自身のために使いませんでした」


 オスカーも最期まで、自身の保身、逃走のために【偽装】を使わずに、俺と相打ちになっていた。



「それに心底、思っていないと意味がありません。アレクは自分がだとは思っていません。声が聞こえても、宝剣・フランベルの姿が見えない時点で分かっているのです。だから、1度でも転生したことのあるシルバに。貴方に御願いしているのです」


 戦力的にオスカーが欠けている現状で、夫であるアレクの帰還が確信できずに不安なのだろう。

 不安で震えるのを必死で抑えながら、夫を失い、遺される体の弱い自分と娘のことが気がかりなのだろう。

 ここで、アレクは必ず生きて帰すだの、俺が転生する保証が無いだのと答えるのは容易いが、この不安は消えないだろう。



 奥方の不安も、俺の葛藤なども分からないだろうイザベラお嬢様が、俺の腕の中で好きな匂いを堪能するために、眠りながらも服に顔を押し付けてくる。

 可愛らしく、赤子特有の無邪気さで、服に齧りつき、よだれと鼻水で服が汚れていく。


「あらあら!? ベラったら。よほど気に入ったのね。ごめんなさいね。起こしても良いから、こちらへ……」


 粗相をしてしまったイザベラお嬢様を受け取ろうと、手を、腕を伸ばす奥方を、まっすぐに見据えて


「神の尻拭いのために転生しました。ですが、オスカーへの償いと、アレクへの恩返しは偽らざる私の本心です。イザベラお嬢様を、人を愛しいと思うこともです。誓いましょう」


 受け取ろうとした腕を止め、毅然と俺の誓いを聞き入れようと姿勢を正す。



「この命が尽きるまで。そして、更なる命を授かったとしても。アレクを、イザベラお嬢様を全力で御守りすることを誓います」


「それを聞いて、安心しました。ベラと……アレクを頼みましたよ」


 再びの転生が確約していない以上、アレクだけでも奥方のため、イザベラお嬢様のために生きて帰さねばならないと強く誓う。




 最悪の事態になったのなら、俺が俺である限り、イザベラお嬢様のために尽くすことを固く誓う。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る