尻拭いと償いと……

 兵士になって、一年が過ぎようとしていた。

 待望のアレクセイの子供が産まれて、三か月。

 それから毎日のように、子供の所に会いに行くアレクセイに付いていく。


「おおー! イザベラー! お前は、なんて可愛いんだ!! 絶対に将来は、


「アレク!!? 滅多に、そんなこと言わないで!!!」


 ヴォルフ家六代目当主アレクセイ・ヴォルフの奥方が、夫の配慮が無い発言に声を荒げる。

 争いを好まない優しい奥方がの単語に、過剰に反応するのは、腹を痛めて産んだ娘イザベラ嬢を戦場に送りたくないという想いからだ。

 厄介なことに、産まれたイザベラ嬢は将来は勇者か英雄ユニーク・スキルを持っており、夫のアレクセイにもユニーク・スキルが有る。



 ーーユニーク・スキル【言霊】ーー


 言葉に実現力を持たせる常時発動のスキル。

 詠唱して放つ魔法の威力の向上、偶発的な事象の確立操作、果ては人の内面や世界の理の改竄が出来る。

 但し、の底から思っていないと効果が薄い。


 ーーーーーー



 つまり、アレクセイがだと思っているなら、のも、思いのままに出来るかもしれないスキルなのだ。

 ましてや、イザベラ嬢にはユニーク・スキルが有るので、と思える要素が揃っている。

 だから、奥方は過剰に反応したのだ。


「アレクセイ様。奥様の心中を推し量れないなら、イザベラ様は没収します」


「あぁ~。すまない、ヒルダ。グレタ、許してくれ!」


 イザベラ嬢の担当メイドのヒルダに、抱いてるところを奪われてしまい、奥方に許しを請うアレクセイ。

 産後に体調を崩されて、ベットで横になっている奥方が、ヒルダからイザベラ嬢を受け取りつつ答える。


「私が、ということは、アレク自身もと思っているのでしょう。しばらく、ベラには近づかないでください」


「そ!? そんな~~~!!?」


 項垂うなだれながらも、引き下がるアレクセイにも自覚が有るのだろう。


「………………」


 ……何故か、イザベラ嬢は俺が居ると、俺の方ばかり見てくる。

 珍しい灰色の髪か、日中の月のような水色の瞳が、興味を惹かれるのか、顔を凝視してくる。

 愛想笑いを浮かべながら、軽く手を振ると、何故かヒルダさんが睨んできた。


「行くぞ、シルバ。こうなったら、執務しながら機嫌が直るのを待とう」


 諦めたアレクセイが、ようやく執務に戻る気になったようだ。

 俺を見ながら、バイバイと手を振るイザベラ嬢に手を振り返しながら、アレクセイと執務室に向かう。



 イザベラ嬢が産まれたのと同じ頃に、俺はアレクセイの近衛兵に抜擢された。

 今までの下積みなどでの評価と、自由奔放、豪放磊落のアレクセイを物理的に抑えられる力量を買われてだ。


 飾り気の無い実用一辺倒の執務室にも、一つだけ目を引く物が飾られている。


(あの時にオスカーが持っていた長剣。家宝なのだろう。無事に、ヴォルフ家に戻っていたようで良かった)


 執務室に入る度に、そう思っていると


「シルバは何故、ウチで兵士を?」


 アレクセイが、執務をしながら雑談をするように問いただしてきた。


「給金の殆どを故郷に送っているようだが、仕送り目的なら冒険者でも良いだろ? むしろ、そっちの方が実入りが良い。ましてや、シルバはユニーク持ちなんだから」


 自由業フリーランスの冒険者は、最低ランクの仕事に薬草などの採取が有るので、成人十五歳前の十歳から加入が出来る。

 実力主義なので、俺のようなユニーク持ちはランクを上げ、兵士の給料の何倍だって容易に稼ぐことが出来る。

 強い魔物の情報や討伐の仕事が多いので、経験値稼ぎが容易で、強くなるにも最適なのだが……


「アレクセイ様には、大恩が有ります。5代目当主オスカー・ヴォルフ様が出兵中に亡くなられた時に、家の家計が火の車にも関わらず、村々への税を増やしませんでした。おかげで、ウチの村での餓死者は出ませんでしたし、私や幼馴染、ロンだって産まれました」


 アレクセイは伯父のオスカーに似て、質実剛健、誠実だった。

 通常、貴族が急遺すると家督争いや貴族間の階級争い、領地運営などの根回しで、非常に金が必要になる。

 本来なら、しばらく増税して急場を凌ぐのだが、アレクセイは一切の増税をしなかった。

【偽装】(偽)を使って、本当の理由に気づかれないようにしているが、これだけでも十分に俺が尽くす理由になるし、でもある。


「シルバは、本当に成人前と思えないくらい大人だね。大人ですら、そこまで恩に感じる人は少ないのに」


 執務の手を止め、後ろに飾られた家宝の長剣を眺めてから、こちらを向いて言う。


「シルバ。これからは、アレクと呼びなさい。親しき者、信頼出来る者にしか許さない愛称だ。君の忠義を信頼して、この愛称で呼ぶのを許そう」


「分かりました、アレク様。これからも、その信頼と恩義のために尽くさせて頂きます」




 女神の尻拭いから始まった人間としての二度目の生。

 これは俺の尻拭いの、償いの、の物語だ。

 例え、俺が死んだとしても、アレクを、兵士の同僚達を、村の皆を、レオナを守るために、侵略は防がなくては。




 侵略が始まる年になる……






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