03

「まま」


 子供が、寄ってきた。


 抱き上げて、窓辺から見える景色を見せてあげる。


「うみ」


 彼はいない。


 子供だけが、いる。


 その残酷さが、だんだんと身に染みて、分かってきた。


 彼のために。私のために。子供を作った。その、なんと傲慢なことか。もう、償えない。子供は、いま、わたしの腕のなかにいる。それだけが、どうしようもない、事実。


 この子は、彼を。歪んだ状態で、覚えている。


 彼は、この子を。


 それだけでも、心の奥が暴れだして、涙が止まらなくなっていく。


「まま、また海がでてるよ」


 子供。


 わたしの涙を、指で拭っている。


 彼がいなくなって。


 この子は、泣かない。わがままを言わない。毎朝決まった時間に起きて、決まった時間に眠る。ごはんの用意を自分でして、食器洗いや洗濯を自分で行う。わたしが台所に立って包丁を持つと、後ろに立って、瞬きもせずにずっと見つめている。


 わたしが死んでしまわないように見ているのだと、気付いてから。わたしは包丁を使わなくなった。


「ごめんね」


 子供に向かって。謝る。それしか、できない。


 ごめんね。わたしは。わたしがわるいの。一方的に彼を愛して。一方的に子供を作って。


 子供のことを、なにひとつ。わたしは。


「まま」


 子供が、わたしにしがみついてくる。


 また。


 この子を、不安にさせてしまっている。


 泣いちゃだめだ。


 子供を愛してあげないと。わたしは。


 そう思うほどに、涙は止まらず、頬を流れ滴っていった。


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