第12話 謎の抑制
たけちゃんも僕もすべからく師匠の「教育」を受けた日の放課後。
「拳を交えればもう友達!」(実際には一方的だったのだが)といった風に、師匠はたけちゃんとすっかり打ち解けていた。
すでに彼女は親しみ込めて「たけちゃん」と呼んでいるくらいだ。
僕は親目線になってしまい、かみしめるように娘の巣立ちを素直に祝福していた。
「じゃあ、須佐さんが入学する前から二人は知り合いだったのか?」
「前というか、前日だね。
ダンにボコボコにされた日にそのまま弟子入りって感じかな。
その翌日に師匠が転入って流れ。」
「へえ、<英雄>の娘に弟子入りとはな。奇妙な因果もあるんだな。」
たけちゃんがふんふんと感慨にふけるように軽くうなずいている。
その会話に師匠が少し遠くから割り込む。
「友和!これからついにエセ剣豪君で修行なのだ!
ん?たけちゃんもついてくるのか?」
「いや、俺は剣を使わないからなー、でも見学くらいなら。」
「そうかそうか!じゃあ一緒にくるのだ!」
師匠は嬉しそうに手を挙げて先に教室から出る。
あまりに無邪気でかわいらしい姿はとても15歳には見えない。
やはり、師匠は一度心を許してしまえば良くも悪くもすぐになつく人種だ。
そのように友達を作るよう何度も提案しているのだが、本人的にはどうもそう簡単ではないらしい。
クラスのみんなからは「変な奴にくっついている変な奴」というレッテルを張られているだろう。
でも、そういう風潮を読み取る能力が備わっていないのか、気にしている様子はない。
放課後、九十九闘技(つくもとうぎ)に向けた練習のためか、教室にはほとんど人が残っていなかった。
僕たちも早速第一修練場へ向かう。
三人で修練場へ行くのはなんだか新鮮で、自分と関係のある二人が仲良くしゃべりながら並んで歩く姿を見るのは素直にうれしかった。
修練場にはいつも通り人はいない。
何度見ても寂れた場所であるが、もうここに親しみすら抱いているほどこの一か月弱は修行に明け暮れていた。
はじめてここへ来たたけちゃんとモーさんが少し笑いながら素直な感想を言う。
「なんだか、ボロボロだな。」
「そうだのお。少し動いたら埃まみれになりそうだ。」
「まあ、修練場なんか使う人はいないしね。
みんな今頃は訓練場で魔法の訓練でもしてるんでしょ。」
「ああ、あっちは人でごった返しているぞ。
スペースだけで言ったら断然こっちのほうが広いな。」
「魔法の使用が禁止されているから人も来ないのだ。
だが、基礎訓練もしないまま魔法など使えるわけもないのだ!」
師匠が轟さんの受け売りと思われる言葉を、「師匠」らしく上から目線で力説する。そして、少しの間世話話をしたのちに、たけちゃんたちも体を動かしたくなったのか隣接されたトレーニングルームへ、僕たちも修行を開始した。
「じゃあ、さっそく使ってみるのだ。起動!」
直立状態のまま固まっていたエセ剣豪ロボが、一つスイッチを押しただけで本物の人間のように滑らかな動きで、手を開いて閉じて、関節を曲げて開いてと挙動の確認をした。
さすがに稼働の音までを消すことはできないが、耳をふさぎそのシルエットだけ見れば、人間だと勘違いをしてしまうほどだ。
「動作確認完了。このまま訓練用シークエンスへ移行します。」
凶悪な顔つきに似合わない、女性の声で人形がしゃべりだした。
そのギャップに驚きはしたものの、僕は少し安心してしまう。
(意外と優しそう、いや、ロボットにそういうのはないか。)
しかし、その安堵もつかの間、あの時の勘は不幸にも当たってしまったのだ。
頭に取り付けられていたランプが緑色から赤へジジッという音とともに切り替わる。
その時、
「ヘイ!!!!しごかれる準備はできてんだろうなァ!!!!!」
「ひぃ!!」
あまりに剣豪とはかけ離れたファンキーな声が聞こえた。
どこから聞こえたのか混乱こそしたがやはり声の主はこの「凶悪顔面人形」だ。
意匠通りの声色だ。
「いまんところォ!二人の人物が再現できんだけどよォ!!
『トドロキ』と『シグレ』、どっちにブっ叩かれたいィ!?」
あまりのヤンキー口調に辟易してしまっている僕を傍目に、なぜか師匠は手足をバタバタさせて物凄く興奮していた。
こういうロボに弱いのだろうか、まるで小学生男児のような騒ぎ方だ。
「おぉ!!クールなのだ!!撮影の段階では女の人だったのに!!」
「早くしろォ!ウスノロォ!!」
「はぃい!!じゃあ『トドロキ』にするのだ!!」
「ぶっ叩くやつはどいつだァ!?」
「あそこにいる友和なのだ!!」
師匠が有り余る疲れ知らずのパワーで、僕の方に勢いよくビシッと指を差した。
もう僕はこの二人(?)の燃え上がった雰囲気にはついていけないが、修行さえできればいいとすこし諦めをつけ、これから始まる訓練に向けて気合いを入れた。
「はい!僕です!」
「テメェが『トモカズ』だなァ!
訓練生に登録してやったから、次からは背面の画面で選択すればいいからなァ!
勝手にシゴキが始まるぜェ!」
その暴力的な口調に似合わず、機能の説明をしてくれた彼はやはりロボットなのだと再認識した。そしてその口調に似つかわない丁寧な説明に少し笑ってしまう。
「じゃあァ、はじめッぞォ!!!!」
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劣勢というべきなのか。
いや、圧倒的に優勢だった。
ただ「防御」においてのみは。
エセ剣豪との剣戟の間、僕は防御にずっと執着していた。いや、させられていた。
攻撃に出る隙も確かにあったかもしれない。
実際、その意志を体に働かせようとした。
しかし、決定的な何かが欠落しているように僕の足は攻撃の向きへとは転換しない。僕自身にも何が何だかわからなかった。
異常現象。体の内で起こる不可解な異常ほど、怖いものはない。
得体のしれない何かが僕を強制している。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
しびれを切らした師匠が訓練の続く中、口をはさむ。
「友和!!どうしたのだ!!攻勢に出るのだ!」
もちろんこの言葉は僕の耳に確実に届いている。
しかし、自身を動かす原動力にはなりえない。
僕の中の別の「ナニカ」がそれを阻害するように攻撃ができない。
力で強制されているというよりも力を入れられないような感覚、まるで何かに神経をそのまま直接触られているような、そんな感覚。
守勢がいつまでも続く。
(なんだこれ?!カラダが攻撃を拒否しているのか?!)
「やめだ!やめなのだ!」
異常な状況に対して、師匠は訓練を強制的に中止する。
僕が今起きた出来事、いや、なんだかわからない「現象」に対して呆然としてると、師匠が心配そうな顔を見せる。
「どうしたのだ!友和、調子が悪いのか?」
「いや、攻撃ができないです。」
「調子でもなんでもないのか?では、なんだというのだ?」
「僕にもわからないんです。ただただ、攻撃が出来ない。」
「なんだそれは!?………いや、もしかしてマナ情報か?」
僕は、またその言葉が出てきたことを不思議に思う。
刀剣が出てきた理由、「マナ歴史情報」、それと同じ言葉がなぜ出てくるのか?
「なんでマナ情報?」
ぼくは、当然この質問を投げかける。
師匠は考え込むようにうつむき、頭をかいたり鼻を触ったりして、思考の整理を進めている様子だ。
そして、少しの沈黙の後、師匠が納得したような面持ちになって僕に応える。
「お前の歴史情報は、アウターの常識を覆すほど強力なものだったのだ。
ならば、そこに宿る『信条』とか『伝統』のようなものが攻撃を阻害してるんじゃないか、と考えたのだ。
代々受け継いでいる家訓のようなものだ。
こんな場合のみ攻撃してもよい、みたいな。」
「仮にそうだとしても、『信条』とやらが皆目見当もつきません。」
「信条は潜在的に共通しているはずなのだ。
お前の進む道に立つ看板みたいに、お前を誘導している。
では質問を変えるのだ。
なんのために生体鋼外殻機動士(アウターパイロット)を目指しているのだ?」
「憎むべき魔獣を討伐するためです。」
そう、轟さんから得た『答え』というのはこれだった。
あの時はまだ力が足りなかった。
だが、悪を断罪するための力の切れ端は得た。
無作為に人を殺す、あまりに残酷な魔獣をこの世から滅する。
それが僕に宿る「信念」というやつだ。
その答えを聞いた師匠が黙り込む。
そして、ひとつ呼吸を置き決心をするように僕に問いかけた。
「憎むべき、と言ったな?」
「はい、僕は魔獣を憎んでいます。」
何かを確信したのか、彼女は確認を取るように質問を続ける。
「友和。人を憎むことはあったか?」
それは僕にとって荒唐無稽な質問のようにも映ったが、師匠との関係において「無価値」ではないことに直観で気づいた。
この異常現象の最中の抽象的な質問。
まるで広い湖に小石を投げるような、ごくごく意味のない行為。
しかし、投げる当人にとって大切な価値のある小石。
打ち捨てるために大きな決心をしなければならない小石。
そんな質問だった。
僕は真正面からぶつかるしかないと思った。
「ないです。
多少の苛立ちは人生の中で覚えましたが、人に対して大きな憎しみはありません。」
我ながらあまりに甘い回答だった。
現実に対する夢想、そんなものを想起させる背中がむずかゆくなる回答だった。
師匠がため息をつく。
何かを確信するように、その凛とした瞳をしっかりとこちらに見据えた。
次に聞こえたのは僕にとって不条理極まる無情な宣告だった。
「お前に教えることはもうない。
これからは師弟関係も解消だ。
もっとキレイな師匠を見つけるのだ。」
九十九闘技(つくもとうぎ)まであと<6日>
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