第11話 共和国の文明

師匠が舞台装置もない質素な修練場に似合わない大仰な身振り手振りを添えて、その「凶悪顔面人形」を大々的(?)に紹介した。

こんなことが前にもあった気がするが、これに関しては断じて僕のせいではないし暴走したのは彼女自身だ。

しかし、二人の間の温度差があまりに大きかったからなのか、またも彼女は不満げな顔をしている。




 コホン。




一つ咳払いをする。

勝手にその温度差を埋めるように仕切りなおした彼女は師匠としての体裁を取り戻そうと、目一杯広げていた両手を体のそばへ下ろす。

そして、ぶつくさと小言を漏らし始めた。




「‥‥‥友和が悪いのだ。

期待に満ちた目を向けられたら、それは師匠として応えねばならないのだ‥‥‥」


「………………………………」




 またもほとんど聞こえない小声で、師匠が妙な推理を始める。




(だいたい、友和も男ならばこういうメカやロボに弱いはずなのだ‥‥‥

なのになぜこの冷たい目‥‥

まさか!あの期待の目は私をはめるためのはかりごと‥‥?

私の好意をまたも踏みにじろうとしているのか‥‥?

いやさすがに友和のバカ野郎でもそのような非道を行うはずがないのだ‥‥‥

いやしかし‥‥)




師匠が今までに聞いたことのないめちゃくちゃな早口で呟き続ける。

自身の保身に躍起になる師匠。

この事件の犯人、推理の矛先は予想通り僕に向けられている。



まずい、と僕の第六感がそう告げた。

なすりつけられたらもう僕には対抗手段がない。

またもあの木刀による滅多打ちを受けてしまったら、記憶が吹き飛ぶなり、人間として大事な機能が失われるなり、何かが欠落する恐れが十二分にある。



どうにかしなくては。

そう考えた僕は師匠に当てつけるように大声で話しかける。



「ウワーー!カッケエ!」



チラリ。

様子を窺う。



師匠は推理に集中し、こちらには気にかけていない。



更に大声を出す。



「ナンダカキュウニ!!キョウミワイテキタナァ!!」



(やばい!感情が乗らない!さすがの師匠も‥‥)



師匠が僕の棒読みの言葉に脳をフル回転させるのをやめ、こちらに振り返る。

うつ向きがちのまま彼女の目は前髪でおおわれている。



「ひぃ!!」



条件反射的に恐怖してしまった。

目の表情が見えないというのは存外に不気味なものだ。

怒りに震えているのかどうなのか。

彼女のその様子から得体のしれないものを感じ取る。



彼女が頭をぐわっと振り上げた。



「そうかそうかあ!!

お前も気に入ると思ったのだ!!」



(…………………………………)



再教育という恐怖を目前にし、僕はあまりに慌てていてしまったようだ。

彼女は狂暴であり、高慢だがそれ以前に純粋だったのだ。

予想外の返答に僕は、ほっと胸をなでおろした。



そのまま好転した流れに乗って会話を続ける。



「それでその……なんでしたっけ?

そいつはどんな機能があるんですか?」


「<試作まねっこ上手にできるぇ人形・エセ剣豪二号機>なのだ。

この子はな!

人の動きを認識、分析することでその動きを再現、応用できるのだ!」


「つまり、誰かの戦闘を見てその人の動きが再現できるってこと?」


「そうなのだ。

そして、さらにすごいのがその強さを段階別に弱体化もできるということなのだ。

すこしずつ訓練の強度を上げられるということなのだ!」


「でも、そんなのがあったら、僕たちが戦場で戦うことないんじゃ?」


「いや、あくまで訓練用なのだ。

魔法にめっぽう弱いし、訓練対象に指定した人間はある程度のラインつまり生死にかかわるラインを超えたら攻撃できない。

それにコストがめちゃくちゃ高いから量産もできないのだ。」


「なるほど、で、誰のデータが?」


「私とパパなのだ。」


「ええ‥‥‥」



しょっぱなから(エセとはいえ)ガチの剣豪二人と渡り合うなんて、そう思っての「ええ……」である。

轟さんは言わずもがな、師匠はこの身で直に体験し、クラスの決闘ではほとんど負けなしだ。

というより生体鋼外殻アウター使わないで勝てるって言ったのを、証明するように生身で蹴散らしていた。



そんなめちゃくちゃな師匠があきれ顔で指を振る。



「心配することないのだ。

弱体化もあるし、ましては生身の私たちより弱いのは確実なのだ。

もちろんロボだから応用もきかないが、だからといって純粋な剣の交わり自体に問題はないのだ。」


「なるほど……」


「便利な子だ。

今すぐにでも試してみたいところだが、今日はもう遅いから明日か修行開始なのだ!」



そういうと、修行が終わり僕たちはいつも通りそれぞれが生活する寮へ帰った。

明日の修業から本格的に戦闘を意識し始める。

不安や期待をないまぜにしたまま自室のベッドで疲労の溜まる体を癒すのであった。




 九十九闘技つくもとうぎまであと<7日>。




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 翌朝、何か悪い夢を見た気がする。

寝起きの調子がすごぶる悪く、背中には冷たい汗が滴っている。

修行の疲れが知らぬ間にたまっていたのかとこの気持ち悪い違和感をどうにか納得し、僕はアカデミーに向かう準備を始めた。



僕の暮らしているのはそれなりの広さを持った寮の角部屋だった。

一人部屋という士官学校にしては珍しい待遇だが、やはりそれだけアウターは重宝されているのだろう。

僕にとってはむしろ広すぎて申し訳ないくらいだ。



さらに言えば自由度も高い。

嗜好品の持ち込みだってゆるい申請を通せば、すんなりと許可される。

何よりテレビやゲームのたぐいだって持ち込み可能だ。

15、6歳の学生にとっては、最高クラスに楽しい軍学校だろう。

軍紀の乱れを呼ぶといわれればそれまでだが、「最先端」の考え方ではそれはもう過去の遺物に成り下がっているのかもしれない。



僕は朝食を10秒ぐらいで済ますことのできる軍支給の飲料ゼリーを飲み、隣で生活しているたけちゃんの元へ向かった。

クラスでも浮いているからか、友達と胸張って言えるのは彼くらいである。



強めにノックをする。

たけちゃんは朝に弱い。

これくらいしないと日もすっかりのぼり昼になってしまう。

しばらくノックを続けているとパジャマ姿のたけちゃんが寝惚け眼をこすりながら扉を少し開けた。



「おはよう。」


「あぁ、うん。少し待ってろ。」



これはいつもの日課だ。

あまりに応答がない場合は、そのままにして一人で学校に向かうこともあるが、基本的には二人で向かう。

起こすことに成功さえすれば10分ほど待つとすぐに出てくる。

男の子は朝やることなど皆無に等しいのだ。



扉が開く。先に出てきたのは彼の生体鋼外殻アウター、牛のモーさんだ。

ノブにのっかて小さな体でうまく体重を使ってひねり、そのまま扉が開くとともにちんまりと顔を出した。

なかなか器用なものだ。



「少年よ、おはよう。」


「おはよう、モーさん。」


「わしのオーナーもすぐ出てくるぞ。

いつもすまないの、少年。」


「いいんだよ、好きでやってるだけだし。」



 すぐにまた扉があく。



「おう!いくか!」



「おっと、今日は結構早く出てきた。

新記録じゃない?」



「昨日は置いてかれちまったからな。

やればできる子なのさ。」



僕たちはそのまま会話を続けながらアカデミーに足を向ける。

アカデミーまでは10分ほど歩けばつく距離にある。

朝の散歩にはもってこいといったところだ。

今日は春特有の陽気で、すがすがしい朝だった。

大陸が地殻変動によって一度氷河期みたいになったらしいが、1600年たった今は四季までがこの大陸にはある。

もちろん経度の差によって熱い寒いはあるが中央都市にはきちんと春が訪れていた。

あの得体のしれない悪夢がスッと消える。

頬を撫でる気持のいい風が吹いている。



「今日の一限目、なんだっけ?」



僕は何げない会話を始める。

別に無言のまま並んで歩いても気の置けないたけちゃんとなら変な空気になることもない。

しかし、なんだかしゃべりたい気分だったのだ。



「改歴史が二連続、三限目は前時代科学だ。

木曜日は最悪の午前中といったところだな。」


「前時代科学は結構面白いじゃん。

まだ解明されていないことが多くて、なんだかロマンがある。」


「ありゃ、科学というよりほとんど『未来』の歴史だろ。

解明されてないけど名前だけ頭に入れとけって、なんで前時代文明機ラプラスにその仕組みまで聞かないんだ?」


「聞かないんじゃなくて聞けないんでしょ。

機密保持で詳細までわからないとか。」



今の共和国の科学力は、西暦2040年ほどのものだといわれている。

共和国の科学、政治の礎になった前時代文明機ラプラス、全12機からその英知を授かり共和国は急速に発展した。

だが何らかの理由があるのか、西暦2040年から文明が破壊されるまでの、つまり西暦2300年までの科学の結晶はそこに秘められたままなのだ。



「いろいろ情報を聞く限りだと、わしらを作った技術というのもその『機密の科学』というやつらしいの。

教えはしないが作ってくれるとはなんとも不気味だな。」



 モーさんが会話に参加する。



「らしいね。色々調べたらしいけどその技術は吸収できないとか。」


「ちんけな奴だな、ラプラスの野郎も。」


「まああれがなかったら今の共和国もないけどね。

すごい技術には変わりないよ。」


「まあな。

あれのおかげで共和国は壊滅しなかったも同然だし。

最近は、ラプラスを神みたいに祭り上げてる輩もいるんだろう?

魔法を毛嫌いして科学を信仰するだとか。」



僕はその科学信仰について初耳だった。

入学以来ほとんど学外に出ていないからか、そんな噂にはめっぽう弱い。

科学信仰なんてオカルティックな雰囲気ぷんぷんだが、気持ちがわからないでもない。

それほどにラプラスは強大でそれこそ神とあがめるものが出てもおかしくないほど影響力があるのだ。



「そうなんだ。聞いたことなかった。」


「でも矛盾してるよな。科学を信仰だなんて。

まるで魔法みたいに神秘的存在にしちゃ元も子もない気がするぞ。」


「ははは、確かにそうだ‥‥へぶぅ!!!」



 ゴスッッッ!



知的井戸端会議に急な横やりが入る。

僕は顔面を飛び蹴りされる不意な強襲に驚きもできないまま吹き飛ばされた。

ああ、こんなことするのはヤツしかいない。



「友和!おはようなのだ!」


「普通にあいさつできないのか、キサマ!!」


「貴様とはなんだ!

朝は元気な挨拶からなのだ!」



たけちゃんとモーさんが明らかに顔を引きつらせている。

グレは僕と同じ友達のいない部類だったが、僕よりもさらに重症でなぜか僕以外とはろくに会話もしない。

一直線に走りこんできたからか、隣を歩いていたたけちゃんに気づいていなかった。ギョッとたけちゃんと目が合った彼女もまた同じように顔を引きつらせた。



彼女からすぐさま目を逸らしたたけちゃんがとりなすように僕に話を振る。



「す、須佐さんが転校してきて以来、よく一緒にいるとは思っていたけどこんなに仲が良いとは知らなかったぞ!

な、なぁ友和よ!」


「ペッッ!」



 僕は血の味の混じる唾を吐きだしてからたけちゃんに言葉を返す。



「ああ、そっか。

グレのやつ、たけちゃんとも話したことないのか。」


「もっとこう‥‥なんだ、おしとやかな子だと。

それに二人だけの空間がいつのまにか出来上がっていたし。

ついに彼女ができたのかと思っていたが随分特殊な関係なのか?

覗き見ようとは思わなんだが。

……その、すまん!!!」



(変に気を使わせているッ!!!)



 モーさんまでもがその流れに乗り始める。



「性癖までわしらは口出しせんからな。

安心しろ、少年。」


「違う違う!!

グレからもなんか言ってくれ!」


「………………………………」



グレは今更ながらおしとやかガールになっている。

演出なのかただのスーパー人見知りを発動しているのか知らないが、あの凶行をあとにしおらしさを見せてもなんの説得力もない。



石像のように固まるグレを見て使い物にならないと判断した僕は、自分で説明を始める。



「いや、僕生体鋼外殻アウター使えないでしょ?」


「ああ、いつも嘆いてるから耳タコってやつだ。」


「このままじゃただの一般人じゃん?」


「ああ、もしくはイタイ奴だ。」


(何故辛辣。)


「ッく、だからある程度戦えるようになるまで修行つけてもらっているんだ。」


「しゅ、修行!?こんな小さい子に!?」



あ、まずい。

そう思ったのには訳がある。



一か月にも満たない付き合い、そのうちにグレの触れてはならない項目を僕はすでに熟知していたのだ。

それに触れてしまったたけちゃん。

僕がその危険を予知したのとほぼ同時に、やはりといったところか何かが決定的に「切れる」音が、耳には届かないが確実に聞こえる。




「‥‥ここにもまた不届き者がいるのだ

‥‥粛清、いやまとめて教育をつけてあげないといけないのだ‥‥」



物凄い殺気が肌をぴりつかせるように発せられる。

動物の勘というやつか、僕以外にはじめてそれを察知するのはモーさんだった。



「航!!何かものすごくまずいぞ!!」



「え?」



「まずい、まずい、まずいぞ!このおなごまずいぞ!」



僕はすぐさまこの事態を収拾しようとグレをなだめるために彼女の近くによる。



「あの……師匠?」


「なんだ?バカ弟子?」


「たけちゃんは『小さくて可愛い』って言いたいんだと思いますよ。

いやぁ口が足らないんですよこいつは!

僕からもきつ~く言っておきますから。

ね、だから、ね、ね!」



落ち着かせるために肩に手を触れようとする。



その瞬間、左手の裏拳が飛んできた。

修業の比にならない速さでぼくの左頬を貫く。



「へぼぉ!!!」



僕は再び宙を舞いながら



(あぁ‥‥右頬を蹴られたら左頬も殴られるって真理なんだなぁ‥‥)



無神論者(霊魂がある限りはそんなことはあり得ないのだが)な僕が頭のついでにすこしばかり心も揺れる瞬間だった。



その後、たけちゃんの顛末は言うのも無駄、といったところだろう。

まるで鷹が純粋な食欲で小動物をむさぼるように、非公式の教育が決定事項のように徹底的に行われたのだった。






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