第3話 暗夜
アンナ先生の授業で、
一度話せたから多少は安心してはいたものの、これほど無視されると生殺しにされた気分だ。彼が言おうとしていたことのニュアンスはその口調から何となくわかってはいたが、そもそもなぜ彼が口をきけないのかがわからない。
これでは、せっかく憧れていた
そんな鋼の塊に目を向ける。
僕の刀剣の
柄つまり持ち手の部分には牙のようなものが生え、ちょっと不注意でいるだけでこっちの手がケガしてしまうぐらい鋭く研ぎ澄まされている。元来柄と呼ばれるであろう部分は牙があるからか、握ろうとしてもその太い直径によってうまく力が入らない。しかし、さすがの僕に対しても石ころほどの慈悲が恵まれているようで、柄の他にもう一つ持ち手が、柄をナックルガードにするよう不自然に外付けされている。
さらに言えば鞘の部分もだ。鯉口、つまり鞘の口の部分には毛の開いた尻尾が巻き付き、鍔までを覆い隠している。これが原因でか、鞘から刀は抜けない。泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったりとは僕のためにある言葉かもしれない。鞘の全体には、その尻尾とは違った、おそらくは東方の伝説に出てくる翼がない蛇のような竜がこれまた巻き付いている。どれだけ雁字搦めにしたいのかその真意は明らかではないが、このままでは少し硬くて重い刀剣レプリカとさほど変わりないということは確かである。
いくら覚醒しない
だが、ここまでイレギュラーが続いているからと言って、僕は絶対に諦めはつかないだろう。こうも諦めがつかないのには、訳がある。ある人との約束、こちらが一方的に押し付けた『誓い』があった。
彼の名前は
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改暦1592年 1月20日 北東辺境
「母さん、体調は?」
「大丈夫よ、むしろ調子がいいぐらい。今年はとても寒いのに。」
「今年は特別に寒いね。でもね、いいこともあるんだ。」
8歳の友和は、目を輝かせ母親に訴えかけるようにベッドから出ている手をぎゅっとつかんだ。母親はそれを握り返し、幼い彼の小さな手を覆うようにした。小さな木造の家の端に置かれたベッドの上で友和の母は寝ていた。健康の色を保ってはいるがもともとの虚弱体質がゆえにこうして床に就いていることが多い。
「あのね、あのね、この寒さでマナ・オーロラが出るらしいんだ。僕まだ見たことがないんだよ。
ねえ、母さん。体調がいいならいっしょに行こうよ。帝国の近くにはなってしまうけど、最近は魔獣も少ないらしいよ。」
「そう、見に行きたいの?」
「うん!隣の隣のおじさんが銃も貸してくれたんだ。これで魔獣なんかやっつけて母さんも守ってあげるよ。」
友和は短い銃身の散弾銃を掲げ、母親に自慢するように見せつけ、彼女の手元に差し出す。幼い彼が扱うような代物ではないが、このような辺境ではある時期を過ぎれば銃を教える。魔獣の被害は年々少なくはなっているが、命のかかわる事柄に対してセンシティブになるのが、この村の風潮である。
「そんな危ないものを。」
「危なくなんかないさ。この散弾はマナが込められてるんだ。魔獣なんか一発さ。」
母が少しの間、あごに手を当て考え込む。そして友和に優しい笑顔を向けた。
「うーん。じゃあいっしょに行きましょ。トモが母さんを守ってね。」
「やった!」
改歴1592年 1月25日
友和と母は、マナ・オーロラが見える国境近くに到着していた。国境には国境上独立魔術結界が張り巡らされており、共和国民は迂闊に近づけない。
一行は雪山にあった無人のキャビンを寝床にして、オーロラを見ようと観測を続けてから三日が経っていた。昼は雪の積もるキャビン周りでそりを使って遊び、雪だるまを作り母に自慢してと、母が病気がちになってからほとんど彼女と遊ぶことのできなかった友和にとって夢のような時間であった。
確かにオーロラを見ることが目的ではあったが、かたやこの時間が続いてもいいと彼の中にはそういう思いも生まれ始めている。無論、滞在は長くて6日程度だろうが、それほどに友和にとっては楽しい時間だった。
三日目の夜、友和の母はキャビンの暖炉の前で本を読み、友和は窓越しからいまかいまかとオーロラが出るのを待ち望んでいた。
だが、窓に張り付いて一時間たってもオーロラは一向に顔を出さない。しびれを切らした友和が深い椅子にに座る母の元へ駆け寄る。
「母さん、いつまでたっても見れないよ...もう出ないのかな?」
「きっと見られるよ。トモ。待ってればきっとね。」
「でも...」
「じゃあ、オーロラが出るまでお話しを聞かせてあげようか?」
「本当に!聞きたい!」
「じゃあ、よく聞いてね。
むかしむかし、ある山の頂に一人の男の子と、そのお父さんが住んでいました。お父さんは足を怪我していて、もう歩くことができず、身の回りの事は男の子が一生懸命にお世話をしていました。
そんなある日の夜、足の動かないお父さんの前に、光り輝く竜が北の空から現れたのです。
光の竜は彼に言いました。もうすぐここに星が降り、このままであると二人とも死んでしまう、と。
それを聞いたお父さんは、歩けない自分を置いてここから逃げなさいと男の子に言いました。ですが、男の子はお父さんを置いて逃げることはできないと、家にとどまり続けました。
それをどうにかしようと、お父さんは三日三晩を通し、光の竜に、竜が現れた北の空に祈りを捧げ、息子だけはお助けくださいとお祈りしたのです。
祈りを捧げていた三日目の夜、ついに彼らの住む山頂の小屋に遠くから星が降ってくるのが見えてきました。お父さんは強く強く祈り、息子だけは、息子だけはと光の竜に唱え続けました。
するとまた、地面に跪いていたお父さんの前に光の竜が現れ、こう聞いたのです。お前はどうなってもいいのか、と。
お父さんはこう言いました。この足のせいで息子に迷惑をかけてきた、私はどうあってもいいから、私に翼を、息子にこれからの人生を、と。
すると、光の竜はお父さんのうちに宿り、星が山頂に落ちる間一髪のところで男の子を山麓へと連れ出すことができたのです。
しかし、お父さんはもう光の竜に。そのまま男の子を残し、北の空へと旅立ち、空に輝く星になりましたとさ。
おしまい。」
母は静かに、この話を締めた。友和はこの話がいわんとすることがつかめないでいた。ただ、お父さんがいなくなってしまったという結末を聞いて母にこういった。
「この話、なんだか悲しいね。お話っていうのはもっと嬉しいことをお話にするんじゃないの?」
「ううん、この話だって素晴らしいのよ。」
「そうかなあ。」
「そうよ。きっとそうよ。このお父さんは星になったのだもの。」
友和はひとり感傷に耽るように澄ました顔をしている母を見て、少しムッと顔を膨らませた。
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