第2話 生体鋼外殻

 授業前の休憩時間、僕は微動だにしない生体鋼外殻アウターを前に、深くため息をついていた。生体鋼外殻アウターというのは製作されてから24時間以内に覚醒するものらしい。だが僕の相棒、すねちゃっているのかお寝坊さんなのか、この一週間何の音沙汰もない。



「はあ。こいつ、生きてるのかなあ。もしかして本当にただの剣なのかあ。」


「まあまあ、友和。まだオネンネの途中かもしれないだろ?気長に待ってあげろよ。」


「少年よ。そう落ち込むことはない。気まぐれなやつなんだろう。」



 そう言って、たけちゃんと一緒に妙な老人口調で励ましてくれているのは、牛の単種アウター、たけちゃん命名「モウ太」である。親友として贔屓目に見ても、あまりに単純明快な命名だったので最初は笑っちゃいそうになったが、アウター配布から一週間の今ではすっかり定着している。


モウ太は子牛というにも小さい頭の上に乗るほどのサイズだが、これが生体鋼外殻アウター本来の大きさだ。ふさふさした赤茶の毛を生やす、なかなかかわいい子である。



「モーさん、こんなことってあるのかな?」


「わしも創られた身、良くは知らんが特殊であることには変わりあるまいな。級友のアウターも少年以外みんな覚醒しておるしのぉ。」



 モーさんが物憂げに、僕に現実を突きつける。自分でもわかってはいたが、いざ、まざまざと実際を語られると、ひどく心が傷んでくる。原因がわからないから対処のしようも無いし。もうため息をいくつしても足りないくらいだ。


 そんな僕の様子を見て、たけちゃんが思いついたようにはつらつと僕に提案をしてきた。


「そうだ、名前つけて呼びかけてみろよ!何ならネーミングセンス抜群の俺がつけてやってもいいぞ!」


「たけちゃんよ、妙案ではあるが丁重にお断り申し上げるよ。どうせ剣だからケンタとかだろ?」


「お前、最近俺の心読め過ぎやしないか?気持ち悪いぞ。」


「ははッ!いい名前だと思うがのぉ!わしと兄弟みたいではないか!」


「結構ですよ!」


 二人の暑苦しさに気圧され一層気分が滅入ってきたところ、授業開始のベルが鳴りクラスのみんなが席についた。それぞれ傍らには生体鋼外殻アウターを侍らせ、撫でたり、服の中に入れたりしている。この愛玩動物的な扱いをできることすら羨ましい。



 ベルがなってすぐ女性教師がドアを開け、教室に入ってきた。今まで見なかった顔だ。当然といえば当然だが、今日から一般的な教養の他に、アウターについての講義が始まるからである。



 女性教師が凛とした声で自己紹介を始めた。


「今日からアウター学を担当するアンナ カレナです。これからこの授業ではアウターの基礎知識の他に、実戦訓練も行うのでそのつもりでよろしく!」


アンナ先生は、長くきれいな黒髪を後ろに振り払いながらそう宣言した。


「お願いしまーす。」



 生徒が一斉にアンナ先生にそう返したが、僕は先生が最後に言った「実戦」のふた文字に一抹じゃ足りないくらいの不安を抱いた。


(ええええ……実戦も何も覚醒してないのにどうしよう。このまま覚醒しなければどうなることやら。はあ……授業終わったら先生に聞いてみるか。)



 そんな不安を胸の中で復唱する中、授業は待ってもくれず、すでに始まっていた。



「じゃあ、自己紹介も終わったことだし!早速授業に入りますね。はじめはアウターの基本から。」


 そう言うと先生はチョークを取り黒板になにか書く準備をした。


「アウターには3種類の形態があり、状況に応じてその形態をうまく使いこなす必要があります。これは基本のキだねえ。じゃ、まずその基本形態を3つ教えてもらおうか!えー、アリスさん。」



「はい。幼獣態カブ殻獣態シェルビースト装殻態シェルの3つです。」



 先生がアリスさんの言ったことを黒板に書き連ねる。



「正解!じゃあそれぞれどのような状況で形態変化を指示すればいいと思う?ハンス君。」



「はい。幼獣態は通常の生活での形態です。マナ消費を抑えたい場面でも使います。


 殻獣態はアウターが独立したまま装甲展開した形態です。その迅速さ、隠密性を生かし接敵中の偵察斥候に用いますが、本格的な戦闘には向きません。


 最後に装殻態ですが本格的な戦闘をするのに用います。アウターオーナーに装着、一部融合し、戦闘力が底上げされますがマナ消費が一番激しく稼働時間は多くて2時間程度です・・・さらに言えば・・・」



 つらつらと説明をしているのは、ハンス・グリフォードだ。ハンスもアリスと同じいわゆる「名門」の出らしい。



 グリフォード家も竜種を受け継ぐ血統らしく、僕の所属する1年A組ではその二人だけが竜機士ドラグナーといわれる竜使いである。


 ハンスは名家の御曹司らしく、きれいな銀の短髪に赤い目を持っていた。ただ、アリスとは正反対に厳格でまじめな性格だ。縁の細い眼鏡がその厳しさを際立てている。


 だからこそ、なのか、覚醒しない生体鋼外殻アウターのオーナーである僕は怠慢な奴だと彼に目をつけられているような気がする。全く、僕も好きでここに甘んじているわけでもないのに厄介なこった!



 説明をハンスがいまだ続けようとしているのを見て、アンナ先生が制止した。


「はいはい、そこまでそこまで。私がいる意味なくなっちゃうでしょ。


 ふぅ…まあハンス君の説明に付け加えるとしたら殻獣態までは感情を有しているが、装殻態になると戦闘に集中するために理性のみで会話するようになる。


 それと、アウターとは直接会話できるけれども、離れた場所にいる場合は、アウターとは別に配られたアウター用インカムでも通信ができるってぐらいかな。普段から身に付ける必要はないけど、戦闘時にはこれがあると便利だね。」


 先生が手にインカムを取り、更に付け加えて説明をした。そして、こう呼びかける。


「じゃあみんな、インカムを通じてアウターと会話していましょう!!」


 そういわれるとクラスのみんながインカムを装着した。インカムの機能は通信の他にも、装殻態になったときに展開されるゴーグルによる戦闘補助などその役目は多岐にわたるらしい。さらに言えば、戦闘以外でも携帯電話のような機能が備わっているらしいが、武骨なデザインがあだとなったのか進んで使おうとしている人は見かけない。


 

みんながアウターと通信する中、僕は当たり前のように戸惑っていた。直接話すこともできないのにインカムでの会話なんて、と少し自分を卑下したりもした。


希望の無い通信を開始しても空しくなるだけ。そうは思っているが、やはりどうもアウターの声を聞いてみたい。どうせしゃべることができないとわかっていながら通信するのは痛々しいやつの独り言みたいで本当につらいものだが、やってみることにした。


「もしもし・・・。君のオーナーだけれども。そろそろ起きてくれよ?愛想が尽きちゃいそうだよ。」


「·····················」


「なんか悪いことしたかな?謝るからさ?起きてくれよ……」


 喉の奥から振り絞るように、助けを求めるような弱弱しい声で言った。あまりの惨めさにほとんどもう呼びかけから嘆願みたいなものになる。


「················」


(聞こえないか……)


 諦めていた。大げさと言われるかもしれないが長年の夢が潰えたような、そんな心持ちでインカムを外そうとした。


 その時………


「·······ッ············ット····」


 機械音混じりに小さな音が聞こえてくる……


「·········ット···ット······ヲ····クレ·····」


 声が聞こえた。


 喜びと焦燥のあまり僕は慌てて席を立ち、口を半開きにしたまま無理やりにインカムを耳に押し付け、小さな声をどうにか聴こうとしていた。


「なに?!なんだって?!もっと大きな声で!!」


 繰り返し何度も呼びかける。クラスのみんなが変なやつを見るような目を僕に向けているが、そんなことは関係ない。


「······················」


 それから何度も何度も大声で呼びかけたが、返答はなかった。沈黙を保ったままだ。


 しかし僕の声に応じてくれて、なんだかアウターも助けを求めているようだった。これだけのことがわかっただけではあるが僕にとっては大きな進歩のように思えた。たった一瞬の会話で今までの悩みも多少は晴れ、さらに言えばアウターが助けを求める原因を見つけるという目標もできた。


(良かったぁ…………)


 そう思って少々安堵していると、終了のベルが鳴った。


「はい、今日はここまで。明日はアウターの種類について授業します。これからよろしくね。」


 授業が終わると、僕は先生の元へ駆けつけた。


「アンナ先生!」


「ああ、君は。たしか知里くんだったかい?あの特別種のアウターを顕現させたと噂の。」


「はい、そうです。いや、それよりも!


 さっきのインカム通信ではじめて声が聞こえたんです。なにかを……なにかを求めているような感じでした!


 アンナ先生なら何か……!!」


「うーん…………残念だけど何もわからないないよ。


 前時代文明機ラプラスは謎が多いんだ。いまだ共和国の科学力ではわからないことも多くてね。


 なぜ刀剣が顕現したのか、なぜ生命反応があるのに覚醒しないのか。多くの疑問がついて回るんだ。」


「………でも!そんな…………」


「別に見捨てるって言っているわけじゃないよ。協力はするよ!そのまま戦場に放り出されたら、いいえ、実戦訓練でもお陀仏になっちゃう可能性があるものね。」


「……え?」


「だから協力はするって!」


「本当ですか!ありがとうございます!」


「じゃ、そういうことで。困ったらいつでも来なさい。」


 僕は昼休みの喧騒の中、アンナ先生に自然と、深々と頭を下げていた。

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