Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~

@chihiro-m

序章 停滞する過去と、緩慢な現在

第1話 出会い

 前時代文明機室。ここはかの大災厄「星降り」以前の、技術の結晶の一部が管理される部屋だ。


 甲高い機械音が鳴り響くこの暗い部屋を、液晶から放たれる青白い光が照らしていた。部屋の後方には、生体鋼外殻アウターの製作を担う大きな機械。それに多くのコードが接続される形で、対象者の解析、生体鋼外殻アウターの選定を担う機械がその前方に鎮座する。



「‥‥‥血液から対象の生体情報を獲得。別個体から親和性の高いものをサーチ。」



 前時代文明機ラプラスが淡々と発声する。



「サーチ完了。選択された別個体の生体情報を用いてデバイスを作成。生体鋼外殻アウター完成まであと2時間。」


知里ちり准尉、待合室で待っていなさい。」


「はっ!」



 やっとだ、僕は心の中でそう呟いた。


 僕は生体鋼外殻アウターが手に入れられることの喜びに顔を緩めながら、立会人の教官に力強く敬礼をした。






 胸が踊った。僕は文明機室を後にすると、片腰に下げたサーベルを握りしめ待合室まで、ガラス張りの渡り廊下をほとんどスキップのように進んでいた。すると、渡り廊下の奥から女の子が歩いてくる。スラっと女の子にしては背の高く見える彼女が怪訝そうな顔つきで僕に話しかける。



「何よ、その歩き方。気持ちの悪い。」


「え、あ、はい。すみません……。」


「はあ。君、同じクラスだよね?名前なんだっけ?」


「知里、知里友和ちりともかずです。あなたはアリスさんですよね?」


「そうよ、アリス=イルバーン。」



 容姿端麗と言うが、アリスさんは「端麗」という言葉がよく似合う人だ。


 混じりけのない綺麗なブロンドの髪、透き通るような青い瞳、口元は小さくまとまり、鼻筋は高い。高くポニーテールで髪が結ばれているからか、白い首筋が軍服の黒い襟によく映える。


 いわゆる「美少女」といった部類だ。



 そんな女性を前にして少し緊張したか、言葉に詰まる。



「あ、ああ、やっぱり。これから生体鋼外殻アウターを受け取りに行かれるので?」


「ええ、まあね。」


「どんな生体鋼外殻アウターか、楽しみですね。」


「うーん、おそらくだけど竜種だと思う。」


「ええっ!ホントですか!騎乗かつ装甲展開もできるやつですよね!


 どこからそんな確信が!?」


「うちの家はいわゆる名門だからね。マナの量が比較的多いからか代々竜種なのよ。」


「いいなあ、僕もそれくらい強ければいいなあ。」


「ないよ!ないない!」


 アリスさんが頬を赤く膨らませ、我慢するように、でも我慢できずに笑いながら言った。


竜機士ドラグナーはすっごく珍しいんだから!その緩み顔じゃ、良くて虫種ね。」


「おっと、こりゃあひどいなぁ、ほんとにヘコミますよ……」


「ごめんごめん!ふふっ。じゃあ私は受け取ってくるわ。」


「後で見せてくださいね、竜の生体鋼外殻アウター!!!」




 手を掲げそう言うと、すれ違い僕もアリスさんもまた廊下を歩き始める。これは僕の偏見ではあるが、そういうお偉いご身分の人っていうのはもっとつんけんしているものだと思っていた。だが、初めて話した彼女は、とても気さくで対等な立場から話してくれていると、僕はますます気分がよくなった。



(血湧き肉踊るってこういうことか!?いや、違うか!)



 なんて、くだらないことを考えているうちに渡り廊下の先にある待合室に着いていた。待合室とは言うが学校内にある大教室だ。段差をつけることで前の黒板も見やすくなっているような場所である。


 待合室には大勢の特別分校アウターアカデミーの一年生が腰掛けていた。まるで病院の診察前のような光景だ。緊張してるやつ、喜びでテンションが上がっちゃってるやつ、などなど。病院にしちゃ少し騒がしいかもしれない。




 僕が一ヶ月前に入学した共和国軍士官学校·特別分校、通称アウターアカデミーは生体鋼外殻アウターに適性のある人材を育成する機関だ。士官学校入学時に適性を検査され、適性があれば特別分校に配属される。


 僕は幸運にもその選ばれし百人の中に入っていたのだ。もともと機動士パイロットに憧れていたことも相まって、入学が決定したときには、興奮しすぎて入学式までほとんど眠れなかった。それくらい、仰ぎ見ていた理想像だった。



 そしてついに今日が生体鋼外殻アウターの配布日なのである!


 待合室に入り一番前の席に着くと、僕は自然と想像に耽けていた。



(僕もアリスさんみたいに竜がいいなあ……でも、サーベル使うしなあ。馬とかでもいいかもなあ…。あ、でもでも!混合種ならロボットみたいでかっこいいなあ〜…)



「友和!」


「うおぉ!‥‥‥なんだ、たけちゃんか。」


 あまりの大声に絶賛妄想中だった僕は変な声をあげてしまう。目の前には仁王立ちしている男がいた。


 元気に話しかけてきた彼は僕の昔からの友達で兄貴分みたいな存在の武野航たけのわたる。通称たけちゃんである。たけちゃんもまた、ここにいるということは適性者に選ばれた人間のうちの一人だ。なんて偶然なんだ!とかいって久しぶりに再会した元恋人ばりに二人で喜び合ったのも懐かしい。一番の親友で同じクラスでもある。



 彼は16歳には見えない屈強な体躯で、顔つきは精悍、身長も185cmくらいはある。僕と同じで、大災厄「星降り」前にあった日本国の血筋だ。空手という武道も心得ており、僕と違って入学前からきっちりみっちり鍛えている。



「お前はまだ貰ってないよな?」


「その口ぶり、もしや……たけちゃんは貰ったんだね!」


「ふふふ、よくぞ気づいた!!!」



 たけちゃんも僕も今までにない興奮状態だ。普段の口ぶりを忘れてしまったかのように変な口調で会話が始まる。入学からなぜか一か月も待っての配布だったのだ、たまりにたまった羨望の塊が今まさに放出されようとしている。このようなテンションになってしまうのも理解していただくとありがたい。



「何だったと思う!?」


「えー、うーん…牛?」


「……え?」


「え?」


「なんでわかるの?」


「え、なんとなく、かな?」


「きもちわる!!!」


「さっきも言われたなあ、本日2回目だよ。」




 アリスさんにたけちゃんに、なんでみんなこんなに強く当たるのかと僕はちょっと落ち込んだ。だが、納得はできてしまう。この自覚できるほどのにやけ顔、頭を突っ伏すしか周りに隠す方法がないだろう。




「でも空手と相性いいんじゃない?単種アウターだし、牛は腕装着だし。」


「詳しいな。」


「だろ?更にたけちゃんは魔法属性·風だったよね?」


「うん、風魔法を突きと逆方向に飛ばせば威力が格段に上がるかもな。」


「いいじゃん!かっけえ!」


「だろ!だろ!」



 静まっていたテンションがまた上がった。


 生体鋼外殻アウターは共和国民なら誰もが憧れるものなのである。それに選ばれたというだけで僕らは幸運なのだ。その喜びを存分に僕たちは味わっていた。


 そのまま話が盛り上がり、二人で、たけちゃんのアウターをどのように活用するか延々と妄想談義に耽けているとすっかり2時間近く経過していた。



 談義が踊る最中、待合室にアナウンスが鳴る。教官の声だ。



「…知里友和。アウターデバイスが完成した。至急、文明機室まで来い。」



 ついに、ついに来たのだ。この時が!


「たけちゃん、行ってくる!」


「おうよ!」



 僕は早くアウターに会いたい衝動が抑えられず文明機室まで小走りで向う。今までさんざん妄想に妄想を重ね、屈強な動物アウターと共に戦うことを夢見てきた。魔獣を狩り、国を守る。ようやくその夢の第一歩が踏み出されようとしていた。



 それがやっと、やっと手に入るのだ!


 待ちに待った邂逅なのだ!


 楽しみも緊張も同時にあった。だが歩みは勝手に進んでいく。




 文明機室の前に着く。一つ大きな深呼吸をする。



 決心をした。



「失礼します!知里友和准尉であります!」


「来たか。こちらへ。」


「はっ!」



 明らかに浮足立つ感覚というのが僕を襲う。脚は棒のごとく、僕の歩き方は不良品のロボットが何とか歩みを進めているようになっていた。


 明らかに様子がおかしかったであろう僕の様子など一切鑑みることはなく、教官が文明機に話しかける。このような生徒はたくさんいたのだろう、お決まりの展開というのは見すぎるとやはり飽きてしまうのかもしれない。



「生体番号15567、知里友和である。認証を開始せよ。」



「認証開始。該当対象は手を指定の場所へ。」


 青白く光る液晶の上に手のひらを置く。 手を置いた囲いの中を赤い光の筋が何度も僕の手の平の下や側面を行き来している。


「生体情報を確認。生体番号15567 知里友和に一致。


 デバイスの最終調整に移行。



 霊魂を生体番号15567のマナ歴史情報に基づきデバイスに付与。


   検査開始。…正常に動作。


 生体情報に基づくデバイスとの親和性を検査、両者のリンク開始。…リンク完了。


   シンクロ率80%を確認。


 デバイスの生命反応を検査。


   バイタル異常なし。


 最終調整完了。


 これよりデバイスの授与に移行。」



 そう文明機から聞こえると、文明機の後ろにある製作を担う機械から、スーツケースより少し大きめの長方形をした金属製の箱がコンベアに乗ってガタゴトと運ばれてくる。一応生物として政府にも認定されているのに随分ぞんざいな扱いなんだなと多少引っかかるが、それよりも早く自分の相棒に会いたい、という思いが強く募る。



 文明機が今度は僕に語りかける。


「ボックスの解除を許可。丁寧な開封を要求。」



 AIらしからぬ、生体鋼外殻(アウター)をおもんばかるような指示が出る。僕はそれを聞くと、武者震いのように落ち着かない手をなんとか御して指示通りゆっくりとボックスを開けた。




 これが、僕と彼(アウター)の出会いだ。





「……え?……ん?」


 なんだこれは。最初に抱いたのはそんな感想だった。ボックスの中にあるアウターらしきモノに顔を近づけたり遠くしたり、まるで老眼のおじいさんが新聞を読むときのような動きをしていた。



「どうした?知里?」



 あまりの僕の驚きように、教官が近寄ってくる。


 僕は言葉も出ないので、人差し指をボックスの中へ向けた。




「ん?」



 教官も覗き見る。うーん?とひとつ首をひねると、呼吸を置いて、僕とまっすぐ視線を合わせ、僕の肩に手を置き、こう言い放った。



「……は、ははは!!珍しいじゃないかあ!!殻獣態シェルビーストのまま顕現するなんて!!」


「は?」


「え?」


「そこじゃないでしょう!!!なんですかこれは!!!


 動物にも虫にも混合獣にも、その他諸々の生物にすら見えません!!!」


「ああ!!そこか!!うーん?」


 教官と僕はゆっくり目を合わせた。そして自身の目にしたものが間違っていないか確認するように言い合う。


「剣、だな。」


「剣、ですね。」














 

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